HACCPの制度化に向けた施策の推進、「食品衛生検査指針(微生物編)」(2015年)の改訂など、近年、食品衛生の分野では「国際的な整合性」「国際標準化」が重要なキーワードになっています。そこで、東京農業大学の五十君靜信教授に工程管理や食品微生物試験の国際標準化の動向について伺いました。
第1回は、食品衛生に関する様々な基準を設定しているコーデックス委員会の役割、同委員会が2007年に作成した数的指標の考え方を取り入れたリスクマネジメントのガイドラインの位置づけ、このガイドラインの根幹を為す工程管理やHACCPの考え方の重要性などについて語っていただきました。
第2回となる今回は、工程管理の検証の検査(自主検査)の位置づけ、公定法と自主検査における試験法の違い、自主検査で必要となるバリデーション(妥当性性確認)された試験法の考え方など、国際標準との整合性が求められる食品の微生物試験の今後を中心に語っていただきます。
――今後は(最終製品の抜き取り検査よりも)工程管理が重視される時代へと移行していくと予測されますが、工程管理を検証する検査も公定法で行う必要はあるでしょうか?
「工程管理の検証」が目的の検査は、必ずしも公定法で行う必要はありません。すなわち、一般の食品企業が工程管理の検証の一環として、製品を検査する場合にあっては必ずしも公定法で行う必要はないということです。公定法は、国が定める基準に適合しているかどうかを判断することが目的であり、公定法を行う試験室では、試験のプロトコール(培地の種類や試験の手順など)だけでなく、試験室の管理体制も求められます。
「工程管理の検証」の目的は、危害要因分析により管理の必要なハザードが、工程管理で適正にコントロールできているかどうかを検証することです。コーデックス基準に対する試験法についてはISO法が指定されています。そして、ISO法以外の試験法を用いる場合には、「性能について科学的根拠のあるバリデーション(妥当性確認)が行われていること」が必須となります。
ISO法に準拠するか、もしくはバリデーションされていることが国際的に認知されている試験法であれば、目的に適している試験法を選べばよい(目的適合性)といえます。
――その試験法は食品企業の自主的な判断で選んでよいのですか?
今後、HACCPなどの工程管理を重視する考え方に移行していきます。工程管理の検証に用いる試験法として、食品企業では公定法以外のバリデーションされた試験法で、迅速・簡便な代替試験法が用いられるケースが増えてくるでしょう。
「工程管理の検証の検査」は、あくまでも自主管理として行うものです。自分たちの会社の方針なども考慮に入れて、自分たちで「どのような検査を行えば、工程管理にエラーがないことを対外的に示すことができるか?」ということを考えなければなりません。一方で、日本の多くの企業が、こうした「科学的根拠を示すことができる検査」という考え方に馴染みがない、という実情もあります。そのため、これからは「対外的に納得してもらえる“科学的根拠を備えた理論武装”」という考え方を強く意識する必要があるでしょう。
――前回は、食品衛生の国際的な潮流として、微生物基準の設定では工程管理の考え方が前提になっていること、そのため日本でもHACCP制度化という施策を通して工程管理の考え方を浸透させようとしていることをお話しいただきました。五十君先生はHACCP制度化の方向性を検討する検討会の座長も務められましたが。
政府が「日本では工程管理を行っています」と世界に宣言するためには、中小・零細規模の企業も含めて、すべての事業者が工程管理の考え方について理解している状況にしなければなりません。しかしながら、中小・零細規模の工場や飲食店などでコーデックスのHACCP7原則を適用するのは、現実的には難しいことです。そこで、日本ではHACCP7原則を行う「基準A」と、基準Aを弾力的に運用する「基準B」を設ける方向で検討を進めています。
ただし、あくまでも工程管理(HACCP)の考え方を導入することが制度化されるのであり、義務化ではありません。よく「HACCPが義務化される」という表現を耳にしますが、この表現は正しいとはいえません。HACCPはもともと自主管理であり、義務化という言葉とはなじまない制度です。行政は「このようにやりなさい」と手取り足取り細かく指導してくれます。しかし、実際に各社がどのようにHACCPを運用するかは、もちろん行政からの助言や指導、サポートなどの仕組みも構築されますが、最終的には各社自身によって決めることです。「自分たちの会社では、科学的根拠に基づく工程管理に取り組んでいます」ということを対外的に説明できるよう、自分たち自身で理論武装をしなければなりません。
――前回、工程管理の検証の検査は、バリデーションされた代替試験法(迅速・簡便な試験法)でも有効というお話でした。そもそも公定法の位置づけとは?
公定法とは、国が定めた基準に適合しているかどうかを判断するための試験です。ですから、行政処分などで用いる証拠として裁判に耐え得るだけの科学的根拠を備えていなければなりません。つまり、国際的にはISO法に匹敵する試験法であることが求められます。
そして、公定法を実施する試験室は、試験法のプロトコール(培地の種類や試験の手順など)に従うだけでなく、例えば使用する機器のスペック、試験担当者の技能なども含めて、「適切な試験が実施できる」体制であるという証明をしなければなりません。いわゆる試験室の内部の質管理(内部精度管理)が必須要件で、ISO 17025※1の認定の取得が求められます。ISO 17025の認定を持たない試験室が「自分たちの試験室は適正な試験を実施できる」と証明することは、実質的に困難です。ISO 17025認定を持たない試験室が公定法で結果を出しても、行政処分などの場では「試験結果に信頼性がない」、すなわち「法的基準に適合しているかを判定する試験(例:公定法)を行う力量がない」と判断されてしまう可能性があります。
しかし、一般の食品企業の試験室にそのレベルの内部精度管理(公定法を行う力量があるかを判断すること)を求めるのは、なかなか難しいことでしょう。そのため、食品企業が日々の自主検査として行う工程管理の検証では、バリデーションされた市販のキット化された迅速・簡便な試験法を用いて、必要に応じて(例えば年1回といった頻度で)専門の検査機関に「正しい試験が実施できているか?」という評価をしてもらえば、万全の検査体制であると思います。また、市販のキットを用いる場合は、メーカーのサポートを受けられるといったメリットもあります。
※1 General requirements for the competence of testing and calibration laboratories:試験及び校正を行う試験所の能力に関する一般要求事項。試験所の技術能力を証明する手段の1つとして活用されている。
――食品企業が目的適合性のある試験法を選びやすいよう、試験法のバリエーションを増やすことも求められているということでしょうか。
そうした背景から、国立医薬品食品衛生研究所を中心に「食品からの微生物標準試験法検討委員会」を設置し、さまざまな病原微生物の試験法について、「バリデーション」という考え方をきちんと整備した上で、国際的な試験法(例:ISO法)とのハーモナイズされたプロトコールを作成しました。この委員会で策定した試験法は、NIHSJ※2 法という略称で、「標準試験法」という位置づけで公開しています。
なお、標準試験法として採用されるには、①食品衛生の目的で用いる試験法として基準となる試験法、②他の試験法を評価するための基準となる参照法、③国際的な試験法とバリデーションが行われていること、④その正当性が多くの専門家の検討により確認されていること、⑤試験者や試験所が変わっても同様な試験結果が得られることを確認していること――という要件があります。
※2 National Institute of Health Sciences Japan - The Methods for the Microbiological Examination of Foods.:国立医薬品食品衛生研究所–食品からの微生物標準試験法
――海外ではどのようにバリデーションを実施するのでしょうか。
欧州にはオランダのMicroVal、ノルウェーのNordVal、フランスのAFNOR、米国にはAOACインターナショナルがあり、これらの機関ではISO 16140※3、またはISO 16140を基に作成したバリデーションのプロトコールに従って、試験法のバリデーションを実施しています。
今後、食品企業が試験法を選ぶ際の選択肢を増やすためには、将来的には日本国内にも試験法のバリデーションを行う組織が設置されることが望まれます。
※3 Microbiology of food and animal feeding stuffs -- Protocol for the validation of alternative methods.:食品及び飼料の微生物学-代替法の妥当性確認に関するプロトコール
――2015年の「食品衛生検査指針(微生物編)」の改訂では、NIHSJ法や、海外でバリデーションされた試験法をはじめ、国際的な整合性を考慮した様々な試験法が収載されましたが。
指針の改訂では、バリデーションの考え方を大幅に取り入れ、コーデックスの数的指標のガイドラインに対応した試験法が収載されています。
改訂版の編集作業では、食品微生物試験を実施する食品企業や検査機関が試験法を選ぶ際の選択肢を増やすことを意図して改訂を行いました。しかし、改訂版を刊行した後、アンケートでは、「改訂版は厚生労働省の監修ではないから(バリデーションされた試験法を)選択してよいかわからない。そのため公定法を継続している」という意見が多数寄せられました。
行政が食品衛生法の基準に適合しているかどうかは公定法で評価しなければなりませんが、食品企業が自主検査で用いる試験法は、各自で選択することが可能です。行政側から「工程管理の検証の検査では公定法を用いる必要はない」「自主検査は○○という試験法で行うべき」といった通知が出されることはおそらくないと思います。今後、工程管理(HACCP)の制度化と合わせて、試験法の考え方についても関係者に理解の浸透を図っていく必要があると感じています。
――改訂された検査指針にはAOACのOMAとPTMを分類して収載されていましたが、OMAとPTMは何か違いがあるのでしょうか。
バリデーションに参加する分析機関の数が、OMAでは8~12機関以上に対し、PTMでは1機関となっています。
米国ではAOACインターナショナルでOMA認証を受けた試験法は公定法として認められている一方、PTM認証を受けた試験法は、科学的根拠はあるものの(単一ラボでのバリデーションしか行われていないので)裁判で用いるほどの科学的根拠は備えていないという点が異なります。
なお、食品からの微生物標準試験法検討委員会のホームページでは、MicroVal、NordVal、AFNORでバリデーションされた試験法、およびAOACのOMAのリストを公開しています(http://www.nihs.go.jp/fhm/mmef/third.html)。
――HACCPの制度化に伴い、改めて食品現場における微生物試験の考え方についても再考する必要がありそうですが、いかがでしょうか。
公定法は、あくまでも国家基準の適合性判断に用いられる試験法です。工程管理(HACCP)の検証では、必ずしも公定法を用いる必要はなく、必要とする性能を持つ、バリデーションされた迅速・簡便な代替法を利用するなど、目的に合った性能が担保できる試験法を上手く使うことが求められます。
HACCPが制度化されたからといって、国から「あなたの会社の製品は安全です」というお墨付きがもらえるわけではありません。「製品の安全性を証明できるのは、自分自身だけである」という自主管理の重要性を認識し、「どうすれば『当社の製品は安全です』という理論武装ができるか?」ということを考えながらHACCPの構築や運用に努めてほしいと思います。
(第3回に続く)
(第1回) 最終製品の抜き取り検査から、「工程管理の検証の検査」を重視する時代へ
~微生物基準の設定は工程管理が“前提条件”、ゆえにHACCP制度化は不可避~2017.11.21
(第2回) 工程管理(HACCP)の検証の検査では 「目的にあった試験法」 を選択する
~バリデーションされた簡便・迅速な代替試験法は有効な選択肢~2017.11.28
(第3回) HACCP制度化が 「衛生指標菌の考え方」 に変化をもたらす可能性も
~「バリデーションされた病原微生物の試験」 でHACCP管理に理論武装を~2017.12.5