• 国際標準を指向する日本の食品衛生(第3回(最終回))
    HACCP制度化が「衛生指標菌の考え方」に変化をもたらす可能性も
    ~「バリデーションされた病原微生物の試験」でHACCP管理に理論武装を!~
                 2017.12.5

     

    コラム一覧

    東京農業大学 応用生物科学部
    生物応用化学科
    教授
    五十君 靜信 先生

     

     

     

    HACCPの制度化に向けた施策の推進、「食品衛生検査指針(微生物編)」(2015年)の改訂など、近年、食品衛生の分野では「国際的な整合性」「国際標準化」が重要なキーワードになっています。そこで、東京農業大学の五十君靜信教授に工程管理や食品微生物試験の国際標準化の動向についてうかがいました。
    第1回では、コーデックス委員会が示した数的指標の考え方を導入したガイドラインの位置づけ、このガイドラインの根幹を為す工程管理やHACCPの考え方について語っていただきました。また、第2回では、工程管理の検証の検査(自主検査)の位置づけ、自主検査で必要となるバリデーション(妥当性性確認)された試験法の考え方などについて語っていただきました。
    第3回(最終回)となる今回は、「製品検査を重視する時代」から「工程管理を重視する時代」へシフトする中で、微生物試験においてどのような変化が考えられるか、今後の可能性について語っていただきます。

    五十君 靜信 先生
    五十君靜信氏略歴
    東京大学大学院を修了後、国立感染症研究所(旧国立予防衛生研究所)に入所。国立感染症研究所食品衛生微生物部食品微生物室長、国立医薬品食品衛生研究所食品衛生管理部長などを経て、2016年より東京農業大学応用生物科学部教授。

  • 糞便汚染指標としての大腸菌群は日本以外では採用されていない

    ――これまでのお話を振り返ると、国際的な食品衛生の議論はすでに「製品検査を重視する時代」から「工程管理を重視する時代」へとシフトしており、日本もその状況に乗り遅れずに対応しなければならない。そのため、国としてもHACCPの制度化は必然の流れである、ということでした。また、そうした状況下、食品企業が「自分たちは工程管理(HACCP)を適切に行っている」ということを対外的に“理論武装”するためには、微生物試験によって検証する必要があるが、その試験法は必ずしも公定法である必要はなく、ISO法とハーモナイズしたバリデーションされた試験法であれば簡便・迅速な試験法でも問題はない、ということでした。
    ここまでのお話において「国際的な整合性」が重要なキーワードとなっていますが、食品の微生物試験に関していえば、糞便汚染指標である大腸菌群や斜体にしない“E. coli”は、日本独特の衛生指標であり、国際的な整合性がないという指摘もされていますが。

    そもそも大腸菌群という衛生指標は「日本の寿司文化、生食文化を守るためには最適な方法であるかもしれません。日本の食文化の代表ともいえる「刺身」は(加熱工程がないので)原材料の微生物の状態が、最終製品に大きく影響します。そのため、病原菌や感染症のリスクがある国から原材料が供給されるような場合でも、日本の寿司文化、生食文化を守れるよう、厳しい衛生指標を設けることに意味がありました。そう考えると、当時としてはベストな方法だったと思われます。ただし、これはあくまでも日本が刺身などの寿司文化、生食文化を守るためには有用な基準であっても、それを工程管理の可能な他の食品にまで適用しようとすると「国際的に見て整合性がない」といわれても仕方がない状況です。ましてや、今後は工程管理がなされていることを前提に、数的指標の考え方を踏まえて科学的根拠のある微生物基準を設けることが求められるので、ますます国際的には受け入れてもらいにくくなると思われます。

    ――2011年に導入された生食肉の微生物基準は、日本では初めて、コーデックス委員会の数的指標の考え方を導入して設定されています。糞便汚染指標としての大腸菌群では、この考え方は適用できないのでしょうか?

    生食肉の微生物基準では、(大腸菌群ではなく)腸内細菌科菌群が採用され、その試験法は国際的なスタンダードであるISO法がそのまま導入されました。なぜなら、日本の大腸菌群の試験法は、ISO法に対してどの程度の精度で微生物を検出できるのかを示した試験法(すなわちバリデーションされた試験法)ではなかったため、数的指標の考え方を適用する試験法としては採用できなかったからです。また、日本で採用されているデソキシコレート寒天培地を用いた大腸菌群の試験法は、海外では採用している国がない、国際的な整合性の面で評価が難しい試験法です。そうした背景から、国際的なスタンダードである腸内細菌科菌群のISO法が、そのまま導入されました。
    もし、日本が今後、大腸菌群の基準を見直そうとするなら、それはコーデックスの数的指標の考え方に基づいて行わなければなりません。しかし、衛生指標は様々な種類の菌が混在しているので、コーデックスの数的指標の考え方で基準を設定するのは非常に難しい作業になります。例えば、衛生指標菌の数と、疾病などが発生する確率の因果関係を求めるのは、おそらく不可能ではないでしょうか。そう考えると、「多大な手間をかけて大腸菌群の基準を見直すよりも、(国際的な動きに合わせて)日本でも工程管理を制度化し、国際標準であるコーデックスの衛生指標の基準をそのまま適用するのが現実的ではないか?」という議論になる可能性があるかもしれません(例えば、コーデックスでは乳児用調製粉乳について、一般生菌数と腸内細菌科菌群を衛生指標とした基準を設けています)。