――IAFPおよびIAFP年次会議の特徴はどこにあると思われますか?
小関 年次会議に参加してまず驚くのは、口頭発表やポスター発表の演題の多さではないでしょうか。発表者や参加者は、行政から研究者、産業界まで幅広く、「学会としてのすそ野が広い」という印象を受けます。我々のような基礎研究に携わる者にとっては、「研究成果の実用化」に関する発表も数多く聞けるので、今後の研究を進める上でのヒントに富んでいます。
発表者や参加者が取り扱っているテーマも、基礎研究から応用研究まで様々です。例えば私の研究テーマの一つに「予測微生物学」があります。この分野は日本ではあまり研究者がいませんが、年次会議に参加すると、実に多くの専門家と意見交換ができます。
――森先生は今年初めて、ポスター発表として参加されました。
森 昨年初めて年次会議に参加しましたが、ポスター発表のあまりの多さに驚きました。一方で大きな刺激も受けたので、「自分もポスターを出してみよう」と思いました。今回は、食品からのリステリアの検出法について比較した結果を発表しました。海外の方々は日本の状況に対する関心も高いようで、たくさんの質問を受けましたし、私もいろいろな話を聞くことができました。機会があれば来年以降もポスター発表を継続できれば、と考えています。
――小関先生の研究室からは学生も参加しています。
小関 IAFPでは学生が参加しやすいような予算を用意したり、学生だけが参加できる(先生が参加できない)セッションを設けるなど、「学会として学生を育てる」という意思を強く感じます。
ちなみに最近は、英語に自信がなくても物おじせずに飛びこんでいく学生が増えている印象があります。年次会議に参加する日本人が少ない理由の一つとして「語学力」が挙げられるかしれませんが、海外の研究者を見ていると、言葉がうまく伝わらなくても、何とか頑張って話をしようという雰囲気を感じます。
――IAFPの年次会議に実際に参加する意義はどこにあるとお考えでしょう?
小関 先ほど話したように、参加者のすそ野が広いので、日本では研究者が少ない話題でもいろいろな方と意見交換ができるという点で、とても魅力的な学会だと思います。私自身、日本では研究者が少ないテーマに携わることもあるのですが(かつては食品の殺菌技術に関する研究に取り組んだり、最近では予測微生物学を専門領域としています)、IAFP年次会議に参加すると、いろいろな方が興味を持ってくれます。専門家と意見交換できるのはもちろん、専門分野が違う方々との交流から思わぬヒントが得られることもあります。また、自分の専門ではない分野の発表やセッションを聞くだけでも、大きな刺激やヒントがもらえることもあります。ですから、学生をはじめ若手の研究者には、IAFPは積極的に参加する価値がある学会として勧めています。私が初めて年次会議に参加した時は日本人の姿は見かけませんでしたが、非常に大きな魅力を感じる学会だったので、翌年以降も欠かさず参加するようになりました。
窪田 “人と人の予期せぬつながり”ができるのは、実際に会議に参加する魅力の一つです。以前、IAFPでニュージーランドの鶏肉加工会社の方と知り合い、それをきっかけに食鳥処理場の現場を見せていただいたことがあります。実際に現場を訪問した時には「やはり現場のことは、現場を見なければわからない。知り会えてよかった」と思いました。そうした人と人のつながりは、研究者にとっては非常に貴重な財産だと思います。
――2018年のIAFP年次会議で印象に残った話題はありますか?
窪田 ここ数年の傾向として、リステリア食中毒に関する発表が多い印象はあります。現地では発表者や参加者といろいろなディスカッションをしますが、その時に「リステリア食中毒は日本ではあまり報告されていない」という話をすると、「そんなはずはない」「(リステリアが)検出できていないだけではないか?」と言われることも多いです。
また、私は食品安全行政に携わる立場なので、食中毒調査の発表は特に関心を持って聞いています。今年はハワイで発生したフィリピン産ホタテを原因食品とするA型肝炎ウイルスの食中毒調査に関して、かなり詳しい発表がありました。A型肝炎ウイルスは、海外では冷凍ベリーなどで食中毒の報告があるので、今後、国際的にも注視が必要な危害要因といえます。
森 リステリアとA型肝炎ウイルスは、日本ではあまり話題になっていない危害要因ですが、IAFPでは口頭発表やポスター発表が非常にたくさん行われており、「日本と海外で関心が違うな」と感じました。また、低水分食品でのサルモネラに関する発表も多く、この点も日本との関心の違いを感じました。
――日本の食品衛生分野では、HACCP制度化や微生物試験法の見直しなど、国際標準との整合性を図る取り組みが進んでいます。年次会議でもHACCPは話題に上がりましたか?
森 昨年・今年と参加しましたが、HACCPに関する発表は多かったです。発表を聞いていると、参加者の関心が「システムを構築した後、現場でどのように運用するか?」が重要な課題であると認識している、と強く感じました。従業員へのeducation(教育)やtraining(訓練)、あるいはbehavior(従業員の行動)、food safety knowledge(従業員の食品衛生に関する知識)、food safety culture(食品安全を重視する企業文化)といった用語がキーワードになっているようで、活発な議論がされていました。
HACCPや食品安全確保は、突き詰めていけば、最後は「人の問題」に行き着きます。現場の従業員が、「何のために、その作業をしているのか?」ということの理解が不可欠です。私もHACCPの指導には携わっていますが、システム構築だけが重要なのではなく、(システム構築後の)現場での運用、ソフトとハードのバランスのとり方、さらに言えば、現場の従事者への教育や意識づけも重要である、と再認識できました。
――“Food Safety Culture”という言葉は、まだ日本では馴染みがないように思われます。他にも日本との違いを感じる話題などあれば教えてください。
小関 食品衛生の分野では、世界から遅れている部分があることは確かです。一例を挙げると、先ほど話題に上がったリステリアやA型肝炎ウイルス、低水分食品のサルモネラによる食中毒などは、日本と海外では認識に相当の違いがあります。私の研究領域である予測微生物学も、IAFPでは専門のセッションがありますが、日本ではあまり浸透しているとは言えません。
窪田 私の研究領域の一つに、散発事例も含めた食中毒被害実態推定があります。burden of foodborne diseases(食品由来疾患の被害実態)という概念で、各国ではアクティブサーベイランスを利用した推定が継続して行われており、変動把握や各種行政施策の効果検討等の食品衛生行政に活用されています。日本国内では以前は「日本には食中毒統計があるのに、なぜ散発事例も含めた全体推定を行う必要があるのか?」という意見を聞くことも多かったです。アウトブレイク事例を把握するのに食中毒統計は大変有効ですが、変動把握や各種対策の効果の評価を行う際にはそれに加えて全体推定によるアウトブレイク以外の事例の補完が重要となります。
森 私は微生物の検査業務に携わっていますが、検査法は国によって異なります。IAFPの会場では、様々な国の人たちが「なぜ、あなたの国はそのような検査法なのか?合理的な理由はあるのか?」といった議論を交わしていました。当然、日本の検査法についても「その検査法に根拠はあるのか?納得しているのか?」という質問をされましたが、なかなか相手が納得する理由が説明できず、「昔からの法律で……」「当時の状況を考慮して……」としか説明できないものもあり、歯がゆい思いをしましたね。
小関 すべて海外を参考にすることがベストではないとは思いますが、「今のやり方がベストか?」ということは常に考えるべきでしょう。そういう意味でも、海外の学会に参加して、世界の潮流を把握することは有意義だと思います。
――小関先生を中心にIAFP日本支部(Japan Affiliate)の発足準備を進めていると伺いました。
小関 IAFPでは世界各地に支部があり、各支部の活動も活発です。アジア周辺では中国、韓国、インド、豪州などは、すでに支部があります。
支部設立の条件はそれほど高いハードルではなく、以前から「日本にも支部を設立してはどうか?」という話はされていました。現在、日本国内の関係者とも意見交換しながら準備を進めており、できれば来年(2019年)くらいに立ち上げられれば、と考えています。
窪田 米国の年次会議と同様、行政や研究者、さらには産業界も含めた“すそ野の広い”参加者が集まり、人と人の有意義なつながりができる場にできれば、と思います。また、国際的な視野や感覚を持った若手研究者の育成の場としても貢献したいと思います。
小関 このメルマガの読者でIAFPに興味を持たれた方は、ぜひ来年の年次会議に参加して雰囲気を感じていただきたいと思います。また、IAFP日本支部の活動へのご理解、ご支援 もよろしくお願いします。
――ありがとうございました。