• 中村寛海先生

    中村寛海先生略歴
    大阪市立大学 生活科学部 食品栄養科学科卒業後、国立公衆衛生院(専攻課程:保健コース)、大阪市立大学大学院 生活科学科学研究科(博士課程)、大阪市立環境科学研究所 保健疫学課 研究員などを経て、2017年より現職。


  •      欧米ではレディ・トゥ・イート食品(以下、「RTE食品」という)(※1)の喫食によるリステリア食中毒は、食品企業を悩ませる重大な問題の一つとして認識されています。海外に目を向けると、しばしばリステリア食中毒の集団感染が起きており、死者が出ることもあります(※2)。2018年2月に南アフリカでリステリア食中毒が発生し、過去最大規模の200人以上の死者が出た事例が記憶に新しいと思います。しかしながら、日本ではリステリア症や、その原因となるリステリア・モノサイトゲネス(Listeria monocytogenes、以下LMという)に対する認知度は低いといわざるを得ない状況にあります。厚生労働省の食中毒統計ではLMによる食中毒が報告されたことはありませんが、その一方で食品安全委員会の評価書(※2)によるとリステリア感染症の患者数は年間200人と推定されています。
         近年、日本では共働き世帯の増加などを背景に、手軽で扱いやすいRTE食品や中食の需要が高まっています。RTE食品を取り扱う施設では、リステリア食中毒のリスクを軽視することはできないと考えられます。一方で、LMは「低温で増殖する」「バイオフィルムを形成する」「環境中の至るところに潜んでいる」などの特性を有することから、食品取扱い現場での対策や管理が難しいという側面もあります。
         そこで、今回は長きにわたりLMに関する調査・研究に携わってこられた大阪健康安全基盤研究所(※3)の中村寛海先生に、リステリア食中毒を取り巻く問題の本質や、食品現場における対策、検査の考え方などを伺いました。

     

    ※1 レディ・トゥ・イート食品(Ready-to-eat foods、RTE食品)=消費者が加熱調理をせずに、そのまま喫食する食品
    ※2 微生物・ウイルス評価書 食品中のリステリア・モノサイトゲネス 食品安全委員会(2013年5月)
    http://www.fsc.go.jp/fsciis/evaluationDocument/show/kya20120116331
    ※3 大阪健康安全基盤研究所=大阪府立公衆衛生研究所と大阪市立環境科学研究所の統合により組織された地方独立行政法人(2017年4月1日発足)

      


低温でも増殖可能、長期保管するRTE食品では特に要注意!

――はじめにリステリア食中毒のリスクについて教えてください。

 リステリア属菌は代表的な6菌種に加えて2010年以降新菌種が追加され、2018年現在では20菌種が報告されています。これらの中で、リステリア症患者から分離される菌種はほとんどがLMです。LMは日和見感染する菌で、健康な人が摂取してもほとんど問題になりませんが、易感染性宿主(いかんせんせい・しゅくしゅ)と呼ばれる免疫機能の低下した人たち(高齢者、ガン患者、糖尿病患者、エイズ患者、ステロイド投薬者など)では敗血症や髄膜炎など重篤な症状を引き起こすことがあります。しかも、発症した際の致死率は20%~25%といわれています。妊婦が発症した場合には、胎盤に感染して死産や流産のリスクがあることも指摘されています。
 日本ではリステリア感染症の患者数は年間200人と推定されています。リステリア感染症の原因は99%が食品媒介性といわれていますが、食品を摂取してから発症に至るまでの潜伏期間が長いので、原因食品の特定が難しいのが現実です。  また、細菌性髄膜炎として届出される患者のうち、一定の割合でLMが原因の方もいると推測されますが、「細菌性髄膜炎のうちのどれくらいがリステリア感染症なのか?」という実態の把握ができていないという現実もあります。

――日本では年間200人ほどのリステリア感染症の患者数が推定されるのに、食中毒の報告がないようにみえるのはなぜですか?

 厚生労働省の食中毒統計としては報告されていませんが、厚生労働科学研究で食品媒介のリステリア感染症として2001年に国産のナチュラルチーズが原因食品とされた集団事例が1例報告されています(国際的な科学雑誌に掲載されている事例)。先に述べたとおり、発症までの潜伏期間が長く、患者調査から原因食品を推定することが困難なことも原因の一つです。
 ただし、市販の食品などを調査すると、日本も海外も食品のLM汚染状況に大きな違いはありません。日本でも食品が媒介するリステリア症が起きる可能性があります。

――LMの特徴から考えて、リステリア食中毒の原因としてはどのようなものが挙げられるでしょうか。

 LMの特徴として、①環境の至るところで棲息している、②低温でも増殖できる(最低発育温度は-0.4℃)という点が挙げられます。11.5%の食塩が存在しても増殖可能な耐塩性、pH4.4 ~9.4で増殖可能な耐酸性も有しています。
 LM食中毒の原因食品としては、スモークサーモンなどの水産加工品、ナチュラルチーズなどの乳製品、生ハムやパテなどの食肉加工品、コールスローサラダなどの野菜加工品、メロンなどの果実といったような、多種多様なRTE食品が挙げられます。これらのRTE食品にLMが付着しており、LMが増殖できるものであれば、冷蔵庫内で保管している間であっても、ゆっくりですが増殖します。
 ただし、LMは熱に弱いので、喫食前に消費者が加熱するのであれば、あまり心配する必要はありません。また、健康な人が少量で発症する可能性は低いので、消費期限が短い場合も(菌が増殖する前に喫食するのであれば)リスクは低いと考えられます。しかしながら、加熱せずに喫食するRTE食品を比較的長期間保管する場合は、相応のリスクがあると考えた方がよいでしょう。

LM汚染防止対策のポイントは、食品が接触するライン上に移行させないこと!

――LMは食品施設の至るところに存在する可能性があるということですが、食品取扱い現場ではどのように管理すべきでしょうか?

 LMは、包装機や充てん機、スライサーなどの加工装置、大型機械の中の食品の残渣、コンベア、冷蔵庫内など、様々な箇所から検出されることがあります。また、排水溝や排水管、床(特にヒビ割れて水たまりがある箇所など)などから検出されることもあります。このように人や物を介して工場内に広がり、工場環境の至るところに存在する菌が、最終製品を扱うラインも汚染している、という経路が考えられます。つまり、環境からラインに菌を「つけない」(移行させない)衛生管理が非常に重要なポイントとなります。
 LMには「施設定着株」という考え方があります。乳製品、食肉製品、水産加工品など多様な食品製造工場において、製品の種類が違うにも関わらず、あるいは製品の製造時期が違うにも関わらず、長期にわたって製品や環境から同じ血清型、同じDNA型の株が繰り返し検出される菌株をこのように呼んでいます。施設内にLMが定着して、製品を繰り返し汚染しているように見えます。
 ある報告では、枝肉よりも、スライスやミンチなどの加工をした肉の方が、LMの検出率が上がっていました。これはスライサーやミンサーなどの加工工程で食品が汚染される可能性を示唆しています。LM対策では、製造加工環境から製造加工ラインへの汚染を防止するような衛生管理が重要です。

――環境からの汚染を防ぐポイントについて、事例を交えて教えてください。

 残念ながら「こうすれば万全」という万能な特効薬はないと思います。大切なことは、効果的な洗浄を徹底することです。以前、保健所の食品衛生監視員の方の協力のもと、「製品からLMが高頻度に検出される漬物工場」(以下、A工場)と「製品からLMがほとんど検出されない漬物工場」(以下、B工場)で衛生管理の状況を調査したことがあります。
 LM対策として、工場内のドライ運用は非常に有効です。しかしながら、漬物工場では、野菜の洗浄や水切りなど大量の水を使うので、ドライ運用は現実的には難しいです。それでも、「環境中で微生物が生残や増殖をしないような工夫」は可能なはずです。
 A工場は、床にクラック(ヒビ割れや裂け目)などの劣化箇所が多数あり、つねに水溜まりができてウェットな状態でした。また、漬物工場ではタンクやフォークリフトなど重量のある器具・機器を使うので、床面に経年劣化としてクラックができるのはやむを得ないことですが、A工場ではそのクラックが放置されたままでした。
 それに対して、B工場は、耐久・耐重性に優れた素材を使用し、床に傷がついたら、こまめに補修していました。床や冷蔵庫内は、水溜まりができにくいように、勾配をとり、自然と排水溝に流れる設計になっていました。
 床からLMが検出されたからといって、それが即座にリスクにつながるわけではありません。極端にいえば、LMを施設内で増殖させず、最終製品が汚染されなければ、食中毒の原因にはなりません。しかし、A工場では、充填機など最終製品が接触する装置をはじめとして、施設の至るところからLMが検出されました。つまり、施設内でLMが生残・増殖していたと考えられます。このような状態では「充填機の洗浄のやり方を見直す」という対策だけでは、根本的な問題解決になりません。施設全体に定着しているLMを減らす取り組みをしなければ、製品からLMが検出され続けるでしょう。

――ゾーニングや動線のデザインで考慮すべき点はありますか?

 B工場では、原材料と製品が交差しないよう、施設内は隔壁で区画されていました。また、原料置場・下漬け室各入り口に排水溝を設け、キャスター・靴裏等を介した別室からの汚染を軽減するよう工夫がされていました。下漬けのタンクや樽は台車に乗せて移動させ、タンクや樽を床に直置きしないよう徹底されていました。これに対してA工場では、施設内はビニールカーテンで区画されているのみで、キャスター・長靴を介した作業動線の交差が見られました。タンクや樽を床に直置きしたり、積み重ねたりもしていました。B工場では、樽の直置きや積み重ねは厳禁で、清掃マニュアルも整備されていました。マニュアルを作成して、それが遵守されるように教育や啓発活動を展開することは、「正しい作業手順を定着させる」「作業に個人差やバラツキが生じないようにする」という効果だけでなく、「現場のどこに、どのような危険が潜在するか?」という意識・認識を共有・浸透させることにつながります。

――バイオフィルムとは、どのようなものですか。

 微生物が固体表面に付着・増殖して菌体外に多糖類を産生して生物膜をつくることです。いったんバイオフィルムができてしまうと、微生物が多糖類の中で保護された状態になり、殺菌剤が(内部の微生物まで)届かなくなってしまいます。
 例えば、ステンレスは平滑でピカピカに見えても、溝がたくさんあり、目に見えないレベルの細かな傷が付いている場合もあります。この溝や傷に細菌が入り込み、バイオフィルムを形成してしまうこともあります。そうなると、細菌の消毒が難しくなります。
 バイオフィルム形成を防止するには、日頃からの洗浄・消毒の徹底が重要でしょう。まずは物理的にこすり洗いをして汚れを落とします。洗浄の対象物に有機物が残存していると、いくら消毒剤を使っても、(有機物が邪魔をして)消毒剤の効果は低減してしまいます。高圧洗浄機は、こびりついた汚れを落とすには効果的な方法ですが、汚れや菌を周囲に撒き散らす可能性もあるので、使用の際には配慮が必要です。
 

最初のステップは製品の検査と、食品接触面の拭き取り検査から!

――具体的に、検査はどのように始めればよいでしょうか?

 これまでLMの検査や調査を実施したことがなければ、まずは製品のLM検査をするとよいでしょう。もし製品からLMが検出されたら、スライサーや包装機など最終工程で使用する大型機器の検査を実施します。大型機器から検出されるようなら、機器の洗浄方法を見直します。機器は、分解洗浄かそれができなければ、CIP(※)洗浄ができると望ましいです。食品と接触するラインの検査も重要です。あらゆる場所からLMが検出されるようなら、直接食品と接しない床水などの環境中のLM検査を実施します。LMを生残・増殖させている場所があるかもしれません。
 先ほど述べたように、製品からLMが検出される時は、施設内の環境でLMが生残・増殖している可能性を考慮に入れながら検査をすることになります。
 もし「LMのような食中毒菌の検査は時間がかかるし、コストもかかるので難しい」ということでしたら、例えば洗浄後に一般細菌数の測定やATPふき取り検査などを実施するという選択肢もあるでしょう。ただし、一般細菌数やATP検査の数値が高くても、それがLMの存在を示すわけではありません。あくまで一つの選択肢として、目的に合った検査法を選ぶことが大切です。
※CIP=Cleaning In Place(定置洗浄)の略。装置を分解せずに、装置内部を洗浄剤などで自動的に洗浄するシステムを指す。

――今後、LM検査の必要性は高まってくるでしょうか。

 海外(特に米国)では、LMは公衆衛生上の重大な関心事として認識されており、とりわけRTE食品の関係者は「LMは洗浄消毒コントロールの検証として検査しなければならない」「LM汚染がないことを環境調査で確認しなければならない」という認識を強く持っています。そのため、海外企業と取引している日本の企業では、海外と同じような認識で検査や対応をしています。米国では、RTE食品からLMが検出された場合は法律違反(adulteration)として扱われ、行政からリコールが命じられたり、輸入が拒否されることもあります。わが国では非加熱食肉製品及びナチュラルチーズについてLMは100 CFU/gという規格基準が設定されていますが、そういう意味では、まだ日本と海外ではリステリア対策に対する認知度に差があるように感じます。
 その一方で、日本でも高齢化が進んだり、RTE食品や中食の需要が伸びているといった背景もあるので、今後、リステリア食中毒に対する認知度は高まってくるでしょう。それに伴い、RTE食品やその製造環境のLM検査の必要性も高まってくるかもしれません。
 ただし、製品のLM検査を実施する際には、食品の特性をしっかりと考慮しなければなりません。例えば、コーデックス委員会では「LMの増殖が起きる食品」と「増殖が起きない食品」に分けて微生物規格を設定しています。実際に自社製品でLMが増殖するリスクがどの程度かは、各社の製品で検証する必要があるでしょう。

――今回のお話で日本でもLM対策を行うことの重要性と、具体的な対策のポイントをお伺いすることができました。

 LMは食品工場の至るところに存在する可能性があります。しかし、製品検査と環境検査を有効活用することで、LMの汚染源や汚染経路の推察につながり、ひいては安全な食品の提供につながると考えています。
 ただし、食品工場でLMを撲滅する“特効薬”は存在しません。基本は、日々の洗浄であり、特にバイオフィルムを形成させないように心がけることが重要です。ゾーニングや動線のデザインもLM対策として有効ですが、さらに加えて、現場の一人ひとりが「どこに、どのようなリスクが潜在するか?」を的確に意識・認識することが重要なカギになると思います。

――ありがとうございました。
 

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