• 食品流通のグローバル化で「簡便・迅速な病原菌検査」のニーズ高まる
    ~国際的な潮流から学ぶ「製造環境の衛生管理」「簡便・迅速な試験法の有用性」~

    2019.10.29

    コラム一覧

    スリーエム ジャパンは2019年7月12日に東京都内でセミナー「広域的な食中毒事案対策から考える『病原菌検査の重要性』」を開催しました。
    今回のセミナーでは、東京海洋大学 学術研究科食品生産科学部門の木村凡教授に「食中毒細菌による汚染実態から考えるべき検査とは~いま世界で起きていること~」、イオン株式会社 品質管理部の小松幸代部長に「イオン株式会社における品質管理体制」と題してご講演いただくとともに、両講師によるパネルディスカッションを行いました。
    今回のコラムでは、パネルディスカッションの内容をご紹介します。主なテーマとして、①今後の病原菌検査の動向として考えられること、②自社で病原菌検査をする上での留意点、という2点についてご議論いただきました。なお、木村先生、小松先生の講演内容も、今後の本コラムにて紹介してまいります。

    関連記事はこちら:
    ●食中毒細菌による汚染実態から考えるべき検査とは ~いま世界で起きていること~(木村凡教授)
    ●イオンにおける品質管理体制 ~食品流通のグローバル化に対応した簡便・迅速な微生物検査~(イオン株式会社 小松幸代部長))


  • スリーエム ジャパン主催セミナー

    写真左から木村教授、小松部長、スリーエム 古川

  • テーマ1:今後の病原菌検査の動向として考えられること(リステリア、サルモネラを中心に)
    ●リステリア食中毒はグローバルで喫緊かつ深刻な課題、例外なく日本でも管理・対策の重要性、検査の需要は高まる

    ――木村先生の講演では、海外ではリステリア食中毒が多数発生していること、そのため、日本でも今後リステリア食中毒のリスクについて考慮しておく必要があることなどを、ご指摘いただきました(編注:木村先生の講演内容の詳細は、次回以降の本コラムにて掲載いたします)。
    木村先生 海外の食中毒統計を見ると、リステリア食中毒の発生頻度は(サルモネラやノロウイルスなどと比べると)低いですが、致死率が約20%と非常に高いという特徴があります。抵抗力の弱い人では重篤な症状があらわれることもあり、妊婦さんでは死産や流産、高齢者では髄膜脳炎や敗血症のリスクも指摘されています。 また、潜伏期間が3週間と長いため、食中毒が発生した際に原因究明が難しい、という特徴もあります。そのため、海外の食中毒調査でも、患者が1人の散発事例は報告としてあがりにくいのが実態です。

    ――日本では、リステリア食中毒は2001年に北海道で発生したナチュラルチーズの1件のみといわれています。
    木村先生 食中毒としては1件のみですが、病院での感染症としては多数の報告があります。日本でもリステリア食中毒が起きているという認識を持つ必要があるでしょう。

  • ――日本と海外で、リステリア管理の考え方に違いはあるのでしょうか?
    木村先生 特にアメリカとEUでは、未殺菌の乳製品、水産加工品などRTE食品(ready-to-eat food、そのまま喫食する食品)のリステリア管理の意識が非常に高いと感じています。日本でリステリアの規格基準が設けられているのは生ハムとナチュラルチーズだけですが、欧米ではRTE食品に対してリステリアの規格が設けられています。例えば、米国では検体25gで不検出を義務付けていますし、EUでも菌数の基準が設けられています。
    ここで誤解してほしくないことは、日本では生ハムとナチュラルチーズで規格基準が設けられていますが、リスクがあるのは、この2種類だけではありません。食品工場では、リステリアはバイオフィルムを形成して、常在している場合があり、工場内の製造環境から二次汚染するケースがあるということです。そのため、食肉加工品、水産加工品、野菜や果実をはじめ、さまざまな製品(特にRTE食品)でリステリア汚染が起こる可能性はあります。 「日本ではリステリアは起きていない」「リスクがあるのは生ハムとナチュラルチーズだけ」という間違った認識があり、日本ではリステリア検査はほとんど行われていないのが、現状です。一方、海外では検査を行った上でこの製品にはリステリアが存在しないことを確認しています。この状況を鑑みると「日本ではリステリア検査は実施する必要はない」という考え方は通用しない時代になっていくと思います。

    ――日本でもRTE食品を中心に、リステリア検査の必要性が高まるのは間違いないということですね。イオン様のリステリア検査の体制について教えてください。
    小松先生 輸入ナチュラルチーズについては、受け入れ時にMDS法でリステリアとサルモネラを検査しています。MDS法で陰性と判定されたもののみが各店舗へ出荷されます。鮮度が味に大きな影響を及ぼすソフトチーズでは、2日という短時間で病原菌検査の結果判定ができるMDS法は、非常に有効であると考えています。
    当社は2016年に、米国の農場でリステリアが混入した可能性があったため、その農場の野菜を使用していた製品を自主回収したことがあります。その時、類似商品のリステリア検査を強化しましたが、検出はされませんでした。そのため現在は、製造から期限が長いチーズをメインに検査を実施しています。加熱用のシュレッドチーズについても、データ蓄積という意味合いで検査を実施しています。 今後、リステリアの管理や検査の重要度は増すと推測されますが、日本ではリステリア食中毒に関する情報はなかなか入手できないので、自主検査によって検査データを蓄積することに加えて、海外情報(特に類似商品での食中毒関連の情報など)にも注視する必要があると考えています。

    ※MDS法=DNA等温増幅(LAMP法)と生物発光検出を組み合わせた3M社独自の簡便・迅速な病原菌自動検出システム(Molecular Detection System)

  • 小松部長

    小松部長

  • 木村教授

    木村教授


  • ●世界で頻発する二次汚染によるサルモネラ食中毒、水産物、低水分活性食品などでもリスクを考慮すべき

    木村先生 世界の食中毒の発生状況を見ると、食中毒の原因菌は圧倒的にサルモネラが多いです。例えば米国では、最も多い原因物質はノロウイルスですが、入院患者の数で見ればサルモネラがノロウイルスを上回ります。
    サルモネラは乾燥した(水分活性が低い)環境でも長期間にわたり生き残ることができます。そのため、サルモネラが工場環境に常在して、それが二次汚染を起こす可能性があります。ピーナッツバターなどの水分活性が低い食品であっても、RTE食品ではサルモネラ汚染を考慮しなければなりません。

    ――鶏卵や食肉、ピーナッツバターのほかにも、認識しておくべき原因食品はありますか?
    木村先生 最近は、キュウリやトマト、サラダなど、野菜によるサルモネラ食中毒が増えています。この原因としては、農場段階での汚染が考えられますし、工場環境からの二次汚染も考えられます。
    また、海外では水産魚介類でもサルモネラ検査を実施しています。EUでは東南アジア(タイ、ベトナムなど)から輸入するウニや甲殻類について、サルモネラの規制値を設定しています。日本でも、海外から水産物を輸入する場合は、養殖場におけるサルモネラ汚染を考慮する必要があると思います。 日本では1999年にイカ乾燥菓子によるサルモネラ食中毒が起きています。水産物、低水分活性食品でもサルモネラに対する認識は必要です。

    ――イオン様のサルモネラ検査の体制について教えてください。
    小松先生 大きな転機となったのは、いま木村先生が言及された1999年のイカ乾燥菓子によるサルモネラ食中毒です。これは山梨県を除く46都道府県で発生した、患者数1,634人という広域・大規模な食中毒事例です。当社では、この事例をきっかけに、食肉や食用卵を原材料とする食品以外についてもサルモネラの自主基準を設定し、検査を実施することにしました(包装後に加熱殺菌する製品は除く)。検査によって、原材料由来のサルモネラ汚染の状況はもちろん、二次汚染が起きていないことも確認しています。サルモネラは少量の菌数でも発症する可能性があるので、原材料の汚染だけでなく、二次汚染を予防する管理体制も重要であると認識しています。
    なお、店舗での調理については、(サルモネラやリステリアのリスクがある場合は)中心温度で75℃1分以上の加熱を基本とした製造仕様を設定しています。


  • テーマ2:自社で病原菌検査をする上での留意点
    ●「HACCPの工程管理の検証」は公定法に限定されない、
    自主検査では「妥当性確認された簡便・迅速な試験法」の活用が有効

    ――病原菌の自主検査を実施する場合の留意点を教えてください。
    木村先生 まずは「指標菌と病原菌の検査では、そもそも考え方が異なる」という点は理解しておく必要があるでしょう。一般生菌や大腸菌群などの指標菌検査とは異なり、病原菌検査では特定の病原菌がいるのかいないのかを確認することが目的となるので、「正確性」が最も重要です。そのため、病原菌の存在を見逃さないこと、あるいは菌が食品中でストレスを受けて損傷している可能性なども考慮に入れて、「前増菌培養で菌数を増やす」などの手順が不可欠です。
    また、病原菌検査ではバイオセーフティレベル2(BSL2)以上の施設・設備や管理体制が必須になります。

    ――イオングループで取り扱う製品については、生活品質科学研究所(RIQL)中央研究所で病原菌を含む微生物検査を実施しています。病原菌検査を実施する上で重視していることは何ですか?
    小松先生 自社で病原菌検査を行う上で、当社が今でも教訓としている出来事を紹介します。2000年6月に埼玉県内の保健所による収去検査で、当社の商品を含む複数の会社の製品から腸管出血性大腸菌O157が検出され、回収命令を出しました。その後、厚生労働省などによる調査で、一連のO157の検出は「保健所の検査時に標準菌が混入したことが原因である」と結論付けられました。しかし、これは当社グループとしても信用棄損となった大きな出来事でした。
    この経験から「検査ミスはあってはならない」「異常な結果が出た場合は蓋然性(結果の妥当性、整合性)を確認する」ということを重視しています。もし検査ミスがあれば、顧客に甚大な損害を発生させるリスクがあります。ただし、異常な結果が出たからといって、再検査を繰り返せばよいわけではありません。いたずらに時間を費やすだけで、危害性を持った食品の拡散を食い止められない場合もあります。 そうした考え方に基づき、当社では3つの取り組みを重視しています。第1に、リスク管理として緊急招集体制を確立しています。予想される危害の発生を最小限にとどめる体制を確立することが重要です。 第2に、病原菌の漏洩防止を徹底しています。RIQLの微生物検査室はBSL2です。BSL2で扱えない菌の検査については、外部委託しています。なお、RIQLでは生菌数、大腸菌、黄色ブドウ球菌、リステリアの検査でISO 17025認定を受けていますが、認定外の病原細菌類についても同等の管理を行っています。 第3に、所員の安全確保を徹底しています。保安用具の設置、使用方法の教育、機器の定期点検・始業前点検はもちろん、全所員は月1回の腸内細菌検査を受けることで、検体への移染、食中毒菌などの罹患がないか確認しています。

    ――自主検査では、公定法と簡便・迅速法という2つの選択肢があります。簡便・迅速法を採用する場合は、妥当性を確認・評価する必要があります。どのような点に留意する必要があるでしょうか?
    木村先生 自主検査の目的が「工程管理の状況を確認・検証する」という場合であれば、必ずしも公定法を実施する必要はありません。簡便・迅速な検査法で、十分に目的を果たせます。 しかし、その検査法の妥当性を確認する際は、検査法の妥当性だけでなく、検査手順や検査担当者の力量なども確認しなければなりません。しかし、それは多くの食品企業にとって非常に難しい作業です。そのため、国際的な第三者機関(AOAC、AFNOR、MicroVal、NordVal)の認証を取得した検査キットを活用することをお勧めします。

    ――ありがとうございました。

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