食中毒細菌による汚染実態から考えるべき検査とは
~いま世界で起きていること~     2019.11.26

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  • 木村凡先生

    東京海洋大学 学術研究院
    食品生産科学部門 教授
    木村 凡 先生

    京都大学農学部水産学科卒業後、京都大学農学研究科大学院(修士、博士課程)、農林水産省水産大学校製造学科助手、東京水産大学(現東京海洋大学)食品生産学科助教授などを経て、2007年より東京海洋大学食品生産科学科(現学術研究院食品生産科学部門)教授、現在に至る。

スリーエム ジャパンは2019年7月12日に東京都内でセミナー「広域的な食中毒事案対策から考える『病原菌検査の重要性』」を開催しました。今回のコラムでは、木村先生による講演内容をご紹介します。木村先生の講演では、食品微生物の規格基準に関する国内外の違い、国内外での食中毒の発生状況の違い、検証技術の進化に伴う食中毒責任の遡及などについて解説していただきました。


  • ●EUでは工程管理で微生物検査が必須

        EUでは、食品安全規格基準(food safety criteria)と工程衛生規格基準(process hygiene criteria)という2種類の基準が設けられています。製品が食品安全規格基準を満たしていない場合はリコール、工程衛生規格基準を満たしていない場合は改善を行わなければなりません。日本では「最終製品の規格をクリアしていれば問題ない」という考え方が根強く、工程衛生規格基準のような法規制は存在せず、工程管理の検証(微生物検査)に対してはEUほどの注意は払われてきませんでした。HACCP(工程管理)が制度化されることで、今後は工程衛生規格基準の考え方が広まると考えます。(図参照)
         ただし、日本で工程衛生規格基準について考える場合、検査項目で問題が出てくる可能性があります。東南アジアの水産工場の検査担当者からは、「EUでは大腸菌の検査が要求されるが、日本では大腸菌群が要求される。天然である野菜や魚で大腸菌群が検出されるのは一般的なことではないのか?」という質問を頻繁に受けます。大腸菌群検査について、日本の基準は世界から乖離 している状況にあります。

  • 工程衛生規格基準の考え方

●世界中を驚かせた小麦粉のO157食中毒~牛肉・野菜以外でも厳重な警戒が必要~
    腸管出血性大腸菌O157(以下、O157)は、牛などの家畜の腸の中にいる微生物で、牛肉を原因食品とする食中毒が懸念されていますが、野菜を原因食品とするO157食中毒も起きています。この汚染経路については、家畜の糞に汚染した菌が、畑の土や環境水を介して広がったためと考えられています。
    牛肉以外を原因とするO157食中毒は、海外でも起きています。最も衝撃的な事例の一つとして、2009年に米国内30州にまたがって発生した、市販のパック済みクッキー生地による食中毒があります。患者数は77人(このうち35人は入院、10人は尿毒症を発症)であり、極めて重大な事件でした。調査の結果、患者の多くが、本来は焼いて食べるクッキー生地を、生のまま(あるいは不十分な加熱で)喫食していることがわかりました。FDAは、クッキー生地の原材料の卵や小麦粉、砂糖、ベーキングソーダ、マーガリンなどを中心にO157の汚染源や汚染経路の調査を行い、最終的に「小麦粉が原因の可能性が最も高い」と判断しました。


  • ●低水分活性食品によるサルモネラ食中毒が増加~原因である二次汚染を防ぐため、製造環境の微生物検査が一層重要に~

        一般的にサルモネラ食中毒は食肉や鶏卵などを原因食品として発生していますが、最近は水分活性が低い食品による食中毒が多数報告されています。米国では2006~12年にかけて、ピーナッツバターを原因食品とする大規模なサルモネラ食中毒事件が3件も起きています(①2006~07年、41州で患者数715人、②2008~09年、46州で714人、③2012年、少なくとも20州で42人)。
        ピーナッツバターは水分活性が0.35以下で、細菌が増殖しにくく、食中毒を想定しにくい食品です。サルモネラは比較的乾燥に強いため、工場内にバイオフィルムを形成し、環境中で“しぶとく”生残する可能性があります。ピーナッツのロースト後に、工場環境に常在するサルモネラが長期的に広範囲で二次汚染を起こした可能性が高いと考えられています。
        こうした事件を背景に、米国では環境からのサルモネラの二次汚染を防ぐため、環境の衛生管理の徹底(洗浄・消毒の徹底)や、微生物検査による環境調査への意識が高まっています。

  • 工場内で二次感染

●リステリアは世界共通の重大なリスク ~日本でも食品汚染は起きている~
    リステリア食中毒は、欧米では重大なリスクとして認識されています。米国では毎年2500人がリステリアに感染し、500人以上の死者が出ていると推定されています。高い致死率が特徴の一つです。健康な人であれば風邪のような症状で済みますが、免疫の弱い人(妊婦や乳幼児、高齢者など)では重篤な症状を示すことがあります。患者の約40%が妊婦といわれ、流産や死産などを引き起こす可能性もあります。
    リステリアの主な汚染源は家畜の乳や糞便で、原因食品としてはナチュラルチーズなどの乳製品や食肉製品が知られていますが、家畜とは無関係な食品(水産加工品、野菜など)を原因とする食中毒も起きています。これは、リステリアが工場内の広範な環境で生息・増殖できるためです。そのため、特にRTE食品(ready to eat food、消費者が加熱などを行わずに、そのまま喫食する食品)の製造工場では加熱後から包装工程の間で二次汚染が起きないよう、環境の洗浄・消毒の徹底や、微生物検査による環境調査などの対策が重要となります。
    米国やEUでのリステリア・モノサイトゲネスの規格基準はRTE食品について設定されていますが、日本では、非加熱食肉製品(生ハムなど)とナチュラルチーズだけです。日本での食中毒事例は、2001年(平成13年)に北海道で発生したチーズを原因食品とする1件のみといわれています。そのため、「日本ではリステリア食中毒はほとんど起きない」と考えている人もいますが、それは誤りです。日本国内の調査でも、明太子やイクラ、ネギトロなど水産物のRTE食品からリステリア菌が検出されることがあります。厚生労働省(病院を対象として行われたアクティブサーベイランス) によると、国内のリステリア感染者は100万人あたり1.4人(2008~11年の平均)で、これは欧米と大差ない水準です。また、リステリア食中毒は潜伏期間が長いことも、原因特定を難しくしています(潜伏期間は発症までに平均で約3週間)。
    こうした状況を考えると、今後は日本でもリステリアは重大なリスクとして避けられない課題となるでしょう。


●米国政府は疫学調査に次世代シーケンサー導入 ~原因不明の食中毒が解明できる時代に~
     米国では2013年に「GenomeTrakr(ゲノム・トラッカー)プロジェクト」という公共機関の疫学解析の技術開発が始まりました。これは、FDA(食品医薬品局)やUSDA(農務省)、CDC(疾病管理センター)、NCBI(国立生物工学情報センター)が提携した、次世代シーケンサー(NGS;Next Generation Sequencer)を用いた食中毒の原因究明の仕組みです。プロジェクトの開始以降、原因が解明できた食中毒事件数は急激に上昇しています。
     GenomeTrakrプロジェクトは、まずはリステリア食中毒を対象に実施されました。NGSを用いることで、これまで未解決だった食中毒の原因が解明できるようになっています。例えば、2014年にオハイオ州でレタスからリステリアが分離され、リコールが行われました。一方で、そのレタスを原因とする食中毒が起きているかどうかは不明でした。しかし、NGSで解析した結果、患者からの分離株と、レタスからの分離株が近似株であることがわかりました。これを基に患者の聞き取りを行ったところ、この工場のレタスを喫食していたことが判明しました。
    日本の行政機関では、まだNGSは導入していません。しかし、米国ではリコールされた食品の菌株から得たNGS情報を基に、食中毒事例(散発事例を含む)の原因食品が次々に解明される時代になっています。従来の16S rDNAによる同定では「リステリア・モノサイトゲネスである」というところまでしかわかりませんが、NGSでは「どのような特徴を持つリステリア・モノサイトゲネスの菌株か」というところまでわかります。もちろん、NGSを導入しなくても, 反復配列多型解析法(MLVA)法など、病原性大腸菌については信頼できる手法もあります。今般の食品衛生法改正により、日本では当面MLVA法が各都道府県の広域食中毒の解析手法として統一されることになっています。しかし、今後、NGSの普及は世界的に加速すると予測され、近い将来、日本でもGenomeTrakrプロジェクトのようにNGSを活用した取り組みが始まることを期待したいと思います。

【用語解説】次世代シーケンサー(NGS)
    原理は様々であるが、基本的には対象とするゲノムを制限酵素で100~300塩基程度に切断する。これらすべての断片を1つの反応系の中で一斉に同時反応を行う。サンガー法の100~1,000倍以上のスピードで、またコストも100分の1~1,000分の1以下で一挙に塩基配列の決定が可能である。食品微生物学分野においても、2010年以降、広く用いられ始めている。


●最後に ~病原菌検査によるリスク管理の時代へ~
     国はHACCP制度化により、最終製品の検査だけではなく、工程管理も求めています。そこでは病原菌管理も例外なく求められていくでしょう。すでに世界の先進的な国や企業では、NGSなどを活用して迅速に食中毒の原因調査を実施しており、未解決(原因不明)の食中毒が特定される時代になっています。日本の食品関係者は、世界が今、そうした状況にあることを理解した上で、単に最終製品の安全性を示すだけではなく、いかに製造履歴を担保するかを考えなければなりません。そのためには、食中毒菌を含めたリスク管理をしていかなければなりません。

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