米国を拠点とする世界最大級の食品安全に関する学術研究団体であるIAFP(International Association for Food Protection)は、2018年末に日本支部が設立されたことを記念し2019年11月27日にシンポジウムを開催しました。
シンポジウムではIAFPのFellow(特別名誉会員)で定量的微生物リスク評価の権威 ドン・シャフナー博士の講演も行われ、参加者からは熱心な質問が飛び交いました。
IAFPは世界最大級の食品安全に関する学術団体です。
世界各地に支部があり、アジア太平洋地域には韓国を筆頭に11か国に支部があります。同地域では食品衛生に関する研究および情報交換が続いてきましたが、日本は貢献ができない状況でした。このたびの支部設立をきっかけに、日本における情報のハブになっていきたいと思っています。
IAFP日本支部ではイベントや学術情報についてウェブベースで発信していくとともに、世界各地から食品安全の関係者が集うIAFP年次大会への参加支援を実施していきます。
IAFPは刊行物「Journal of Food Protection(JFP)」「Food Protection Trends(FPT)」でご存知の方も多いと思います。ほかにもメールマガジンで協会の最新情報や世界のニュースなど食品安全の専門家向けトピックを毎月配信しています。年次大会では80を超えるシンポジウムや円卓会議での協議、700を超える技術プレゼンなど素晴らしい企画を用意していますが、一番重要なことは、さまざまな出会いや議論の機会があることです。
会費が安価なことも特徴です。基本会員が55ドル(日本円で約6,000円)で学生は半額になります。会員になるとメールマガジンの配信や、雑誌「FPT」のオンライン版の閲覧、オンライン会員名簿の閲覧など数多くの特典が受けられます。27の特殊分野にまたがる専門能力開発グループ(PDGs)にも参加できます。情報の共有や議論を行うことができるウェブサービス「IAFP CONNECT」も開始しています。
リスク分析には「(定量)リスク評価」「リスク伝達」「リスク管理」の3要素があり、本日のテーマは「(定量)リスク評価」に重きを置いたものです。
定量的微生物リスク評価は科学的プロセスを用いてリスクの大きさや、作用する要因を評価し、リスクに対するアプローチを考えます。本日はピーナッツキャンディと葉菜類の2事例を用いて説明しましょう。
私はある日、サルモネラ属菌による食中毒事件を発生させた会社のピーナッツペーストを輸入していたキャンディ会社から連絡を受けました。その会社は、年間を通して生産した商品がすべてリコールされる瀬戸際に陥っていました。倉庫にある在庫から菌は検出されなかったものの、製造工程の加熱処理は品質向上のためのもので、滅菌を行う工程ではありませんでした。
私たちは以下の項目に基づいて定量的微生物リスク評価を行いました。
この評価に基づき、コンピュータモデルを使って150万個分を30回シミュレーションしたところ、6人から18人が発症する可能性があるという結果になりました。
この結果を伝えると、会社はサルモネラ属菌のプロセス後生存率の経過を判断するための研究に出資し、私はそのデータを用いて定量的微生物リスク評価を更新しました。
追加したデータは2種類の加熱方法(プロセスA、プロセスB)です。プロセスAは強い加熱でプロセスBは弱い加熱でした。結果、プロセスAは保存日数0日でも発症率は0になり、プロセスBにおいては、保存日数7日までは発症率が残りましたが、製造されて21日後には発症率は0になりました。そのため、弱い加熱を実施していたキャンディの会社は、結果としてリコールをせずに済んだのです。
このように、定量的微生物リスク評価によりリスクを可視化できるようになります。
会社のリスク管理者の目的を達成するためには、定量的微生物リスク評価が有益なツールになるということをお伝えしたく、このエピソードをお話ししました。
アメリカでは2006年にほうれん草を原因とする腸管出血性大腸菌O157のアウトブレイクが起きました。そのデータを用いてアウトブレイクを再現しようと試みました。
まず文献を検索し、コンピュータモデリングを行いました。洗浄、相互汚染、時間と温度(小売店および家庭での保管中)、増加モデリング、用量反応、リコールされたほうれん草の大腸菌のMPN、菌量反応モデリングなどのデータについて、シュミレーションソフトウェア「@リスク」を使って10万回の反復を行いました。
結果判明したことは、洗浄の段階での相互汚染が非常に大きなリスク要因となっていたことです。95~100%は相互汚染が原因で発症しており、防止するためには洗浄の際の適切な処理が必要でした。この点は、その後の他の研究論文でも指摘されています。
一方、このモデルにはデータギャップもありました。開始時の感染率と濃度が私たちの予測では非常に低く出たこと、食中毒事件は過少申告されることが多いため、シミュレートされた疾患数が多く、最大21倍もの差が出たことなどです。増加モデルも低すぎたかもしれません。
また、疾患を生じさせる菌量について調べたモデルでは、疾患の大部分が低菌量で起きていることがわかりました。FDAが計算したMPNテストでも同様の結果が出ています。低菌量でも摂取回数があれば多くの疾患が発生する可能性があるのです。
この2例から、定量的微生物リスク評価はリスク管理に役立つことがわかります。データギャップがある場合もありますが、少なくとも議論のきっかけにはなるでしょう。
データを収集・分析することで優先順位を決定することができます。キャンディの事例において加熱工程に着眼できたのも、分析の結果からでした。また、低用量でも摂取回数が多ければ発病するおそれがあることもわかりました。
分析によってリスクを0にはできませんが、0に近づけることはできるのです。
質疑応答の時間には、会場からシャフナー博士にさまざまな質問が寄せられました。ここではその一部をご紹介します。
A ご想像のほど、しっかり行われているわけではありません。たとえば、2018年のロメインレタスによる食中毒は未だ原因が特定されていません。徐々に産地ラベルをつける取り組みが広がり、食中毒発生地域を指定しての啓発ができるようになってきた状態です。
A モデルではサニタイザーがない前提でした。研究が洗練されてきた段階で、サニタイザーも考慮に入れました。ただ、モデルが複雑になるため、デススポットの特定等をスーパーコンピューター上で再現するのは難しいですね。
A 米国の表現でいえば「早く、安く、正しくから2つを選びなさい」のうち、「早く」と「正しく」を選んだので、集中して1日で終えました。ただし、FDAなどの当局が何十人の人出と何年もの期間をかけるものとは案件の性質が違うことはご理解ください。葉菜類の事例は2人で数か月間でした。リスクアセスメントは完璧ではありませんが、十分な評価はできます。