食品事業者における品質保証業務(第3回)
製造現場における品質トラブルとその防止策①

東京海洋大学 学術研究院
食品生産科学部門教授
松本隆志先生

  • 松本隆志氏

    松本隆志氏略歴
    京都大学農学部食品工学科卒業。博士(農学)。
    株式会社中埜酢店(現Mizkan)を経て、
    味の素株式会社にて食品研究所品質評価・解析グループ長、
    品質保証部部長(食品事業担当)、川崎工場品質保証部長、
    タイ味の素品質保証部長を歴任。2018年10月から
    東京海洋大学 学術研究院 食品生産科学部門教授。

  • はじめに

    原料が加工されて、流れるように製品が製造され、工程管理結果に問題はなく、品質管理の結果、製品規格内であり、計画の数量が時間内に出荷される。日々の生産効率が上がり、改善や新製品の導入も順調に進んでいる。このような製造現場で働きたいものです。しかし、製造現場には品質トラブル(以下、クレームを含めてトラブルとする)はつきものです。 突然の製造停止、原料や製品の廃棄、また原因究明と再発防止等の対応に忙殺された経験はありませんか。
    第3回と第4回は、筆者が食品企業在籍時に、品質保証・品質管理の責任者として国内工場在籍時、また海外赴任時(タイ)に、トラブルとその防止に対して、どのようにアプローチしたのかを紹介します。第3回は、トラブルの傾向、第4回はHACCPや食品安全マネジメントシステム(Food Safety Management System:以下、FSMS)によるトラブル削減への取り組みを主に紹介します。


  • トラブルの情報の把握

    製造現場のトラブルの情報を把握できていますか。筆者は海外赴任時に、情報を把握することの難しさを感じました。悪い情報こそ早く報告すべき、と言われます。製品の出荷や廃棄の判断に関わるものであれば、必然的に情報は上がってきましたが、トラブルが発生した現場の当事者からすれば、報告し難いものです。その人の評価に影響があるかもしれませんし、処置や再発防止は、マイナスから平常時の±0の状態に戻すようなもので、生産性を感じ難いこともあると思います。筆者の経験として、本社と各工場で導入していたISO 9001を活用して、工場からの情報を把握するための仕組みづくりから始めました。その時に重要であったのは、トラブルについて当事者を責めず、処置と再発防止を一緒に行うことでした。


  • トラブルの傾向

    トラブルの削減に取り組む際に、まずは傾向を掴み、重点化することが必要であると思います。国内工場在籍時と海外赴任時に試行錯誤しながら、どのように傾向をつかんだのかをご紹介します。 この取り組みが、第4回にご紹介するHACCPやFSMS活用によるトラブル削減につながることになります。

    ①ヒューマンエラー1)

    作業者のうっかりミスをヒューマンエラーと分類して、管理者が作業者への教育を再発防止策にする、という例がありました。そのトラブルは、5M(Material、Machine、Man、Method、Measurement)の管理ではManに分類されました。過去にヒューマンエラーと分類されたトラブル事例について確認したところ、そのうちの9割は現場で発生原因を調査すると設備・機器、仕組み・ルールに根本原因があることがわかりました。ヒューマンエラーと整理する前に、もう一歩踏み込むことが大切であると思います。

    ②パレート図

    目新しいことではありませんが、QC7つ道具のパレート図はトラブルの傾向を掴むのに有効で、取り組みの方向性が明確になりました。パレート図を活用する際に重要なことは、トラブルの分類でした。分類が粗すぎても細かすぎてもいけないということです。詳細はお伝えできませんが、仮に異物混入トラブルの多さが顕著である場合、例えば漠然とHACCPの管理強化を考えるよりも、異物混入防止に注力することが効果的だと思います。海外赴任時には、全工場を対象に横断的なプロジェクトを立ち上げて、削減の成果を上げることができました。

    ③3H2)(初めて、変更、久しぶりのアルファベット表記の頭文字を取ったもの)

    1970年代の終わりにアルプス電気社が提唱したものと言われる3Hに起因する経験則があります。自社工場におけるトラブルもこの経験則に当てはまるのかを確かめました。“初めて”に関しては、品質アセスメントという、新製品導入や製品改訂の際に、企画設計から導入までの間のリスクを抽出して解決するという仕組みが機能していたため、該当するトラブルは多くありませんでした。“変更”に関しては、変更管理の仕組みはありましたが、製造アイテムが多く、製造ラインでの製品の切り替えが多い工場では原材料や製造条件等の変更の際にトラブルが多いという傾向がありました。“久しぶり”に関しては、メンテナンスや年に1回の定期修理後の立ち上げ等、いわゆる非定常時にトラブルが発生する傾向がありました。製造条件等の変更時や非定常時の生産の再開時に注意喚起を促しました。

    ④トラブル発生のタイミング

    明日から年末年始の休みだ、連休明けで今日から生産開始だ、というタイミングでトラブルが発生したという経験はありませんか。筆者は国内工場在籍時に何度か経験する中で、休みの前後にトラブルが発生するという傾向があるのではないかと思い、過去数年のトラブルの発生曜日(祭日は休日として考える)を調べました。その結果、休日前後の曜日では、それ以外の平日の倍以上のトラブルが発生しており、実感と一致していました。休み、特に長期休暇の前後に注意喚起をして削減に努めました。

    ⑤“同じような”トラブル

    同じ製造現場で同じトラブルが再発するということはほとんどありませんでしたが、異なる製造エリアや製品で“同じような”トラブルが複数発生している例がありました。例えば、弁やバルブの閉め忘れ、原料誤投入、まとめ作業等によるトラブルです。情報の横展開と言えば簡単ですが、どれだけ当事者意識を持って情報を受けるか、つまり、自分の職場でも“同じような”トラブルが発生するのではないかという意識を持つことが重要だと思います。


  • 最後に

    第3回は、筆者が国内外で製造現場におけるトラブルを削減するにあたり、その傾向をつかむために試行錯誤したことをお伝えしました。他にFMEA(Failure Mode and Effects Analysis:潜在的故障モード影響解析)によるアプローチも行いましたが、全ての取り組みをお伝えすることはできませんでした。また、トラブルの内容は機密事項なので詳細にお伝えできないことはご了承ください。
    工場、製造工程、設備・機器、製品が異なれば、発生するトラブルの傾向も異なると思います。しかし、トラブル削減に向けたアプローチは参考になるのではないかと思います。 読者の皆様に少しでもお役立ちできれば幸いです。
    第4回は、HACCPやFSMSを活用したトラブル削減の事例をご紹介します。

    出典
    1) 中田亨、 「ヒューマンエラーを防ぐ知恵」、朝日文庫.
    2) 宮野正克、「未然防止の3H (初めて・変更・久しぶり)とは」、品質管理(2019年1月)、p.18-19.