前回から引き続き、品質トラブルとその防止をテーマにします。今回は、筆者が食品企業在籍時、国内工場と海外法人の品質保証・品質管理の責任者として取り組んだトラブル防止について、中でもHACCPや食品安全マネジメントシステム(Food Safety Management System:以下、FSMS)を活用した事例を主としてご紹介します。
システムに対して良い印象を持たない人がいます。仕組みやルールに縛られるのは誰しも嫌なものです。しかし、HACCPやFSMS等のシステムには多くのメリットがあり、筆者は大いに活用しました。メリットの中で以下の2つを取り上げます。
一つ目は、グローバルなシステムであれば、取引先等の外部との共通言語になりうるということです。筆者は前職では品質監査が主な仕事ではありませんでしたが、国内外のべ300以上の原料サプライヤーや製造委託先の工場を監査しました。また、工場の品質保証を3年間担当していた時は、毎月得意先や保健所等から複数回の監査を受けていました。ほとんどの監査において、システムを通じて品質に関するやり取りができることは非常に効率的であると思います。
もう一つは、品質保証のレベルを向上させることができるということです。日本発のJFS規格1)であれば、JFS-A(HACCPを含む一般的衛生管理が中心)からJFS-B(HACCPの実施を含む)、GFSI承認認証規格2)(Global Food Safety Management:世界食品安全イニシアチブ)であるJFS-Cへと計画的な向上を試みることができます。更に、運用によって、以下のようにトラブルを防止することができます
万能薬のように、全ての品質トラブルに効果的な防止策は残念ながらありません。筆者の経験に基づいて、品質トラブルを低減するためのアプローチ、マネジメント視点で国内外の工場で効果のあった防止策、その中で特に効果があった取り組みをご紹介します。
一連の手順でHACCPプランを作成したものの、一向にトラブルが減らないという場合、ハザード分析やCCPの設定が目的化されていることはないでしょうか。この異物はハザードか否か、この工程はCCPにすべきか否かという議論は手順の中で行われると思いますが、リスク防止の目的が忘れられていませんか。例えば、異物混入のトラブルが頻発しているのであれば、異物に注意してハザード分析を行い、また、明らかになったトラブルの傾向を基にハザード分析を見直すべきであると思います。もし、新工場や新しい製造工程、新しいカテゴリーの製品の場合、拙著3)におけるリコールの傾向が非常に参考になると思います。食品カテゴリーによって、トラブルの種類に明確な違いがあります。
上記に加えて、半年や1年ごとのレビューではなく、トラブル発生時に都度検証をすることによって実効性のあるシステムに改善していきます。参考までに、筆者の経験では、国内と海外工場のいずれの場合も、上述の取り組みによってトラブルが半減するのに3年を要しました。実効性のシステムを作るには時間がかかるものだと思います。
読者の皆さんの工場ではCCPの工程でトラブルは発生していますか。HACCPやFSMSを導入したばかりであれば、発生することがあるかもしれません。筆者の経験では、国内外の工場において、CCPに関わるトラブルはほとんど発生せず、一般的衛生管理に問題があったときに、大きなトラブルになりました。CCPは工場内で誰もが重要であると認識します。工程管理の記録においてもCCPは強調されているのではないでしょうか。HACCPプランを作成したことがある人であれば、理解していただけると思いますが、CCPを設定する際に、一般的衛生管理を適切に行うことを前提にCCPと設定しない工程があります。要するに、その前提が崩れれば、トラブルが発生しうるということです。一般的衛生管理はHACCPの土台であると認識して重要視されるべきと思います。
工場では様々なトラブルが発生しますが、中でも異物混入とアレルゲンのクロスコンタミネーションの防止には随分悩みました。まず、異物混入の例を挙げます。
ある工場で、待遇に不満を持った従業員が意図的に周りにあるものを製品に入れるという事件がありました。幸い(?)、異物を入れすぎたために、出荷検査で異物が見つかり、出荷されませんでした。これはフードディフェンスのトラブルに分類されるかもしれませんが、製造エリアに異物になりうる不要物がたくさんあったことが原因でした。異物混入防止の3原則である、持ち込まない、作らない、取り除く、ができていない、一般的衛生管理の問題であると思います。
極端な例ですが、HACCPのおかげで危険異物混入のトラブルは発生しないが、軟質・不快異物混入が多発している場合を考えます。教科書通りにハザードが分析されているかもしれませんが、製品として短命に終わるでしょう。そうであれば、筆者が管理者であれば、教科書とは違いますが、ハザードと捉えて管理を強化することを考えると思います。
アレルギーの方はアレルゲンが10ppm(μg/g)レベルで発症すると言われています。工場で1tコンテナがあり、洗浄不足で残渣が残っているとします。10ppmの残渣を計算してみると、どれほどわずかな量か実感できます。これだけでも重要性が認識できます。
FSMSにおいて、科学的根拠に基づいて洗浄条件を設定することが求められますが、微生物汚染やアレルゲンのクロスコンタミネーションの防止に有効です。アレルゲンの場合、この要求事項に加えて、製造順(アレルゲンの少ない順)を考慮して製造するほか、変更管理(原料代替など、製品の改訂への対応)を都度行うことがトラブル防止に重要であると考えます。
トラブルを防止できなくても、被害を極小化することは意味のあることだと思います。ある製造工程である製品のトラブルが発生した時のことを考えます。その時に原因の他に気になることはトラブルの範囲ではないでしょうか。その範囲を特定するためには、原材料や製品のロットNo.の記録や定期的なトレーサビリティの訓練が必要です。トラブルが発生した場合に被害を少なくする方法として、工程管理におけるリアルタイムでの検査頻度の向上があります。24時間連続稼働で生産後に検査をしてトラブルがわかる場合と、(製造ラインを止めないことが前提で)2時間おきに検査をする場合では、仮にトラブル品を廃棄する場合に、廃棄量は12:1です。
今回は、筆者が国内外で製造現場においてトラブルを削減するにあたり、HACCPやFSMSを活用したトラブル削減の事例をマネジメント視点から紹介しました。工場、製造工程、設備・機器、製品が異なれば、発生するトラブルの傾向も異なりますが、トラブル削減に向けたアプローチは参考になるのではないかと思いました。他に、フードディフェンスなどの情報を加えたかったのですが、紙幅の都合で割愛しましたことをご容赦ください。
第5回と6回は教育や人材育成をテーマにします。コラムを通じて読者の皆様に少しでもお役立ちできれば幸いです。
出典
1) 一般財団法人食品安全マネジメント協会サイト、https://www.jfsm.or.jp/ (2022年6月28日閲覧)。
2) My GFSIサイト、https://mygfsi.com/ (2022年6月27日閲覧)。
3) 松本隆志(2022)、「2015年から2021年の食品リコールの解析-食品表示関連のリコール防止に関する考察-」、新PL研究、 7、P25~37。