第3回と第4回は品質トラブルとその防止がテーマでした。筆者は品質保証に関する講演の機会をいただくことがあり、品質トラブルと並んで食品企業の方に関心が高いのは人材育成です。そこで、第5回と第6回は食品企業における品質保証人材の育成をテーマにします。まず、第5回では大手食品メーカーが考える品質保証人材育成に関する研究を基に、これから体系的に人材育成を行う場合を想定して考えていきます。
図1 品質保証の主業務と人材の要件、人材育成の相関図1)
図1は第1回でも引用した、品質保証の主業務と人材の要件、人材育成の相関図です1)。図中の“品質保証部門の主業務”は大手食品メーカー8社に共通する内容であり、その他の業務、例えば、お客様対応や食品安全関連の検査分析などの業務を品質保証部門として行う企業もあります。品質保証部門の人材の要件とは、言い換えれば、その部門が業務を遂行するための要件です。企業によって業務内容は異なりますから、企業ごとに人材の要件を考える必要があります。以下に筆者の調査1)に基づいて、品質保証部門の主業務が図1の内容である場合の人材の要件の例を紹介します。
品質保証部門の人材の要件は大きく分けて3つありました。1つ目は経験です。企業はサプライチェーンで品質を保証しますので、その中でも特に商品開発や生産関連の部門の業務を理解する必要があります。
要件の2つ目は知識です。HACCPや食品関連法規など品質保証関連の一般的な知識だけではなく、社内ルールや製品など、その企業に関する知識がなければ、品質保証の担当を務めるのは難しいでしょう。
最後に能力について、コミュニケーションとリスクマネジメントの能力を挙げました。品質保証部門は社内でも多くの部署とコミュニケーションを図る部門の一つであると思います。例えば、ISO 9001の認証を企業全体で取得している場合、品質保証部門が中心になって社内をまとめるのではないでしょうか。リスクマネジメントは、リスクを未然に防止するために管理すること(狭義のリスクマネジメント)と、重大なリスクが発生した時に損失を抑えるように管理すること(クライシスマネジメント)にわかれます2)。前者に関しては、未然防止の意識が強すぎると、製品が世の中に上市できず、事業の妨げになります。製品あっての品質保証であることを忘れてはいけません。後者に関しては、未然防止も重要ですが、食品リコールやそれに相当するトラブルが発生した場合、対応を間違えると経営に関わる重大時になります。
図2 力量表(スキルマップ)の例3)
品質保証部門において、一人が上記の人材の要件を全て満たして、全ての業務に精通するのは、企業の規模が大きいほど業務の範囲が広いために難しいでしょう。部門の中でマネジメントの役割の人は広い知識が求められますが、それでも全てに深く理解するのは難しいと思います。従って、部門で役割分担をして、構成員がその役割を遂行できるように育成され、部門全体として業務を遂行できる状態にすることが現実的です。拙著における調査では大手8社の品質保証部門で力量表(力量表:QMS や FSMS において、業務を遂行するために必要な知識や技術とその習得レベルが設定され、人材育成に使用されるもの。スキルマップ、スキル表、力量評価表は同義。)が使用され、計画的に教育が推進されていました。図2に力量表の例を示しました。部門の各構成員がある期間において、必要な知識やスキルをどこまで向上させるかを表しています。
次に上記の人材の要件に対応する育成について整理します。まず1つ目の経験に関して、筆者の調査では、技術系で入社した人材は初めに工場に配属される企業や、品質保証部門の人材に計画的に生産関連部門を経験させる企業がありました。企業として素晴らしい人材育成です。しかし、このような企業は決して多くないと思いますので、生産現場に頻繁に足を運ぶなど、他部門の業務を理解する機会を人材育成と捉えて意図的に作ってはどうでしょうか。
外部の講習会を受けた、或いは講師を招いて社内で講習会を開催したけれども、学習効果が一向に表れない、ということはありませんか。要件の2つ目の知識に関しては、食品関連法規やHACCPなどの品質保証において基盤となる知識は前提として必要ですが、知識があるだけでは業務に生かすことはできません。その知識が企業や製品とどのように関係するか、翻訳してアクションプランを立てて、実行をして初めて業務に生かすことができると思います。
3つ目に挙げた能力に関しては、日々の業務を通じてOJT(OJT:On-The-Job Training。業務を通じて行う実践形式の教育訓練。cf. OFFJT:Off-The-Job Training。実務を離れて行う座学や集合研修のような教育訓練。)で養われることが多いのではないでしょうか。その中でクライシスマネジメントは、筆者が後進を育成した際に最も難しいと考え、特に注力しました。自社の過去事例、他社の事例を学ぶことも効果がありましたが、筆者の経験ではOJTがより有効でした。次回に筆者が海外法人に出向し、現地の品質保証部長を育成した際の事例を紹介したいと思います。
今回は、体系的に人材育成を行う場合を想定して、拙著を基に数社の食品企業における品質保証人材の育成について紹介しました。企業なので人材を育成できたと思ったら人事異動をしたり、伸び悩んでいた人材があるトラブル対応をきっかけに急に能力を伸ばしたり、品質保証に限ったことではありませんが、人材育成は難しいですね。筆者は前職において、試行錯誤しながら国内外で品質保証関連の教育を担い、またマネジメントとして部下の育成に注力しました。次回は筆者の経験に基づいて、効果的であった人材育成の実例をご紹介します。
出典
1) 松本隆志 (2021)、「食品製造者における品質保証人材の育成に関する質的研究-食品安全を含む品質保証に関わる人材の教育の実態調査と考察-」、『日本食品科学工学会誌』、 68(3)、p.138-147。
2) 飯塚智 (2015)、「今企業に必要なクライシスマネジメント」、『企業リスク = Enterprise risk』、13(1)、27–31。
3) 松本隆志、『品質保証の業務と人材育成』、一般財団法人 日本科学技術連盟、2021品質月間テキストNo.453。