食品事業者における品質保証業務(第6回)
食品企業における品質保証人材の育成②

東京海洋大学 学術研究院
食品生産科学部門教授
松本隆志先生

  • 松本隆志氏

    松本隆志氏略歴
    京都大学農学部食品工学科卒業。博士(農学)。
    株式会社中埜酢店(現Mizkan)を経て、
    味の素株式会社にて食品研究所品質評価・解析グループ長、
    品質保証部部長(食品事業担当)、川崎工場品質保証部長、
    タイ味の素品質保証部長を歴任。2018年10月から
    東京海洋大学 学術研究院 食品生産科学部門教授。

  • はじめに

    第6回は前回に引き続き、食品企業における品質保証人材の育成がテーマです。前回は大手食品メーカーが考える品質保証人材育成を基に、これから体系的に人材育成を行う場合について考えました。今回は海外法人において、試行錯誤しながら現地の品質保証部長を育成した実例をご紹介します。


  • 海外赴任の背景

    前職において、タイ法人は海外法人の中で最も規模が大きく、ASEANの中心でした。タイ国内には食品、食品添加物、飼料等の7つの製造工場があり、また即席麺や冷凍食品、包装の関連会社及びその製造工場他がありました。2015年まで、それらの製造工場、関連会社の品質保証を現地の品質保証部長が担っていましたが、品質トラブルの対処など、上手くマネジメントできていない状況でした。そこで、筆者は品質保証部長として3年間で現地の後進を育成するというミッションで赴任することになりました。


  • 海外法人における品質保証部長育成の経緯

    バンコク本社にあるタイ法人の品質保証部には当時約20名が所属し、お客様相談など、東京本社にはない役割も含めて、広い範囲の業務を担っていました(表1)。筆者は着任後に品質保証部長として、表1に示した業務を部全体で遂行できるようにマネジメントするとともに、後進の育成を始めました。筆者の東京本社や国内工場における品質保証のマネジメントの経験に基づいて、現地の品質保証部長の要件を考え、表2の通りに整理しました。結果的に、拙著1)における品質保証人材の要件に近い内容になり、妥当であったと考えています。

  • タイ法人の品質保証部の業務
  • 品質保証部長の要件

後進の候補となる人材について、現地の人事部長の協力を得て、将来的に要件を満たす可能性の高い人材をリストアップし、その1年後、ある工場と原材料調達部門から管理職1名ずつを次長として品質保証部にスカウトしました。選定理由は、表2の要件のうち、能力の1.組織マネジメント能力と2.コミュニケーション能力があり、品質保証、或いはそれに関連する業務の経験があることでした。2名を選んだのは、少なくともどちらかが要件を満たしてほしいと考えたからです。
その後2年間、主にOJTによる人材育成を行いました。途中、日本に派遣して、東京本社の品質保証部や製造工場で品質保証を学ぶ機会も設けました。それ以外に、工夫したことで、結果的に効果があったことが二つありました。
一つは、筆者が要件の中で最も難しいと思い、注力したリスクマネジメントです。過去数年間のトラブルを分析し、発生原因や再発防止に関するケーススタディーを行いました。しかし、過去のことでは臨場感がなく、実感が湧きません。効果があったのは、トラブル発生時、一緒に現場に赴き、工場や関係者と一緒に原因究明を行い、対策について議論して解決を図るというプロセスの繰り返しでした。難しい判断について、筆者と後進の候補者で考えのすり合わせ、例えば、「ロットのNo. XからNo. Yまでは異物が混入している可能性が高いので廃棄する」「その前後のロットは廃棄すべきか、それとも出荷するか」「それはどのような根拠か?」というやり取りによって解決策を導きました。
もう一つは、品質保証部における役割分担です。従来は、QMS・FSMS、Halal・Kosherなど、機能別に担当者がいました。その欠点としては、人事異動や退職によって、その機能が一時的に停滞することです。また、品質保証の業務の全体像が見え難いということがありました。そこで、機能ではなく、工場によって担当者をわけることにしました(図)。工場によって製造する製品のカテゴリーが異なります。従って、工場を担当するということは、いくつかの製品カテゴリーに対して品質保証の責任を持つことになります。この役割の変更により、バリューチェーンにおいて、製品カテゴリーの企画設計段階から製造までを担当することになり、関連部署とのコミュニケーションの機会が生まれ、知識や経験が蓄積されたと思います。
このように、後進の候補者2名を2年間育成した結果、2名とも要件を満たしたと判断され、そのうち1名が後任の品質保証部長になり、筆者は予定通り、赴任後3年で帰任することになりました。あと1名も他の部門から重要な役職で声がかかるほど優秀であると認められ、育成は成功しました。

品質保証部における役割分担の変更