大量化学療法に合併するCRBSI*1対策
クロルヘキシジン含有ドレッシングによるCRBSI低減効果

*1. カテーテル由来血流感染(catheter related blood stream infection)

  • 新井康之先生

    京都大学医学部附属病院
    血液内科
    新井 康之 先生

■当科の特徴 -年間50件を超える造血幹細胞移植と年間400件を超える化学療法-

  • 京都大学医学部附属病院血液内科は、ベッド数42床(病棟全体が無菌管理可能)で、約15人のスタッフのもと、年間50件を超える造血幹細胞移植(2018年度実績:同種28件、自家25件)と、延べ400件を超える化学療法を行っています。大学病院であるため、近隣施設からの紹介患者が多く、ハイリスク症例に対する治療(非寛解や、臓器障害を有する患者での移植治療)や、管理に人手が必要な新規治療(重症移植片対宿主病に対する間葉系幹細胞の投与や、難治性悪性リンパ腫に対するキメラ抗原受容体T細胞療法など)などを積極的に引き受けています。
    そのため、中心静脈カテーテル(CVC)留置症例も必然的に増加し、2018年度は延べ入院患者数12,274 人・日に対して、延べCVC使用数6,589 本・日と、CVC器具使用比は53.7%にのぼり、常に病棟患者の半数以上にCVCが入っている計算になります。
    CVCの種類としては、かつてはほぼすべてが内頚静脈留置カテーテルでしたが、近年は若手の医師を中心に末梢挿入式中心静脈カテーテル(PICC)へシフトする傾向にあります。ハイリスクの同種移植であってもトリプルルーメンのPICCを用いることで問題なく施行可能であるため、3割程度でPICCが選択されている印象です。

■大量化学療法を実施する患者のCRBSIリスク

  • CRBSI は、コアグラーゼ陰性ブドウ球菌や黄色ブドウ球菌などのグラム陽性球菌とカンジダが主要病原体として知られ、菌血症や敗血症を経て、心内膜炎やその他の全身播種性感染を引き起こします。カテーテル挿入部位からの起因菌侵入がもっとも代表的な経路とされ、留置期間が長くなればなるほど、感染のリスクは増加していきます。
    造血器疾患に対して大量化学療法およびそれに引き続く造血幹細胞移植を受ける症例では、1-2か月以上の長期間にわたりCVCが留置されることが一般的で、それだけでCRBSI 発症のリスクは高まります。また、長期にわたる好中球減少やリンパ球減少、さらには、免疫抑制剤やステロイドの使用などによる免疫抑制状態も、CRBSIのリスクを増やすとともに、発生時に感染症が重篤化する要因となりえます。
    加えて、患者の局所要因もCRBSIリスクとなります。度重なる化学療法や移植後移植片対宿主病(GVHD)などにより、皮膚の乾燥や脆弱化が起こり、CVC 挿入部位を中心として、皮膚バリアが極端に低下している症例では、CRBSIの高リスク群と考えられます。CVC 挿入部位での発汗も、重要なリスク因子となります。大量化学療法を行う症例では、重度の骨髄抑制によって発熱性好中球減少症(FN)がほぼ必発し、一日のうちに複数回の発熱と解熱を繰り返すことがあります。その場合、発汗を伴い、CVC挿入部位の管理について適切に対処しないとCRBSIのリスクとなります。また、近年、化学療法や造血幹細胞移植前後でのリハビリテーションの重要性が広く知られるようになり、そのような運動後の発汗についても、充分に留意する必要があります。
    一方で、CVCの種類に関しては、刺入部位のサイズが大きくなる太いカテーテルや、ルーメン数の多いマルチルーメンカテーテルが、CRBSI のリスクとなることは、以前より知られています。ただ、造血幹細胞移植の際には、点滴管理上、マルチルーメンのCVCを使用する必要があるため、径とルーメン数のバランスが取れた製品を選択することが重要です。また、留置位置に関しては、一般的に内頚静脈留置のCVCに比べて、上腕留置のPICCではCRBSIのリスクが低いとされています。これは、上腕の方が、挿入部の観察や処置がやりやすい、体温が低い、あるいは、汗が溜まりにくいなどの局所の要素があると推測されます。

■クロルヘキシジン含有ドレッシングの必要性 -CDCガイドラインⅠA 推奨-

  • 当院では、当科での大量化学療法のみならず、肝移植や肺移植などの超ハイリスクの症例を常時診療しており、CRBSIの発生頻度は、全国平均より高く推移しています。その中でも、何とかCRBSIを減らせないかという取り組みとして、不要な血管内留置物の削減や早期抜去、挿入手技前のマキシマルバリアプレコーションを徹底するとともに、CVC 挿入後の管理も院内で統一された感染対策マニュアルに従って行われるようになりました。
    その取り組みの一環として、米国疾病管理予防センター(CDC)から2011 年に出されたCDC ガイドライン(血管内カテーテル関連感染予防のためのガイドライン:CVC にクロルヘキシジン含有スポンジドレッシングを使用することを、カテゴリーIBとして推奨)を参考に、2012 年頃に、はじめて当科を中心に3M™ テガダーム™ CHG ドレッシングが院内採用されました。
    また、前述のガイドラインの最新版(血管内カテーテル関連感染予防のためのクロルヘキシジン含有ドレッシングの使用に関する推奨:2017年改訂版)では、18 歳以上の患者に関して、クロルヘキシジン含有ドレッシングの使用がCRBSIを低減するためにカテゴリーIAとして推奨されています。また、テガダーム™ CHG ドレッシングは、「CVC 挿入患者におけるCRBSIおよび局所感染を低減する」ことが、本邦において効能に追加されており(2019 年7 月)、当院ではクロルヘキシジン含有ドレッシングとして、本製品の採用を継続しています。
    CHG:クロルヘキシジングルコン酸塩

■当科におけるクロルヘキシジン含有ドレッシング臨床成績、副反応 -CRBSI発症率に約3.5 倍の違い-

  • 一次的中心ライン感染率の年度比較

    当科でのCRBSI 発生頻度と、CVCドレッシングの関連を調べたところ、テガダーム™ CHG ドレッシングが、CRBSI を抑制している可能性が示唆されました。確定した血流感染(「全米医療安全ネットワーク(NHSN)のLCBI 基準2」で定義される血流感染)の粗発生率は、テガダーム™ CHG ドレッシングを使用していない年度において2.75/1000カテーテル日と高値であったのに対して、本製品を使用した年度は0.77/1000カテーテル日であり、本製品のもつCRBSI 低減効果をみている可能性があります(註:正確には、CRBSIハイリスク症例のほとんどを占める同種移植の件数や、その各症例での感染症リスクなど、背景因子で調整した上での比較が必要です)。フランスの大規模スタディでも同様の結果が知られています。
    一方で、本製品の粘着部分あるいはCHGゲルパッドによる重篤な副作用は現時点までには認めていません。ただ、症例によっては、貼付部位のかゆみや発赤があり、別の製品に変更することで改善を認める例もあることから、継続的な観察と、有症状時の適切な対応が重要です。

■医療経済効果と治療計画への影響 -英国NICEによるレコメンデーションと自施設例-

  • 本製品は、その他のドレッシングに比べて高価ですが、貼付後の継続使用可能期間が長期(7日間使用可能)であることと、CRBSIの発症率を下げうることを考えると、全体的にコストパフォーマンスがよい可能性があります。日常の診療で、CRBSI合併による経済的損失を意識することはありませんが、造血器腫瘍に対する化学療法中の症例で、CRBSIを一度合併すると、抗菌薬を14 日間程度追加で投与する必要があり、例えば、タゾバクタム・ピペラシリンを使用した場合、抗菌薬の薬価のみでも、先発品で80,000円ほど、後発品で35,000円弱が必要となり、それ相当の経済的損失と考えられます(著者試算)。もちろん、客観的な比較のためには、各病院における納入価格や、CRBSIの抑制効果を詳細に計算することが必要ですが、医療経済的な効果が充分見込める可能性があります。実際、英国国立保健医療研究所(NICE)からのガイドライン*2 (2015年)においても同様の計算がなされ、テガダーム™ CHG ドレッシングの使用により、各症例平均9,000 円程度のコスト削減が可能であると試算されています。
    加えて、CRBSIの発症抑制は、各症例での治療スケジュールや病棟ベッド管理にも極めて重要です。CRBSIによって抗菌薬投与を追加で行う必要がある場合、次の化学療法までの自宅療養が短くなったり、次レジメンの開始が遅れる一因となります。このことは、化学療法のdose-intensity の低下に繋がり、腫瘍に対する治療効果の逓減のリスクがあります。また、入院期間の延長は、病棟ベッドコントロール上も大きな問題となるため、クロルヘキシジン含有ドレッシングのもたらす効用は多岐にわたると言えます。

    *2. Tegaderm CHG IV Securement Dressing for Central Venous and Ar terial Catheter Inser tionSites: A NICE Medical Technology Guidance. Jenks M, Craig J, Green W, Hewitt N, Arber M2, Sims A.2015. DOI: 10.1007/s40258-015-0202-5

■クロルヘキシジン含有ドレッシングに求められる5つの性能

  • 当施設でのCVC へのクロルヘキシジン含有ドレッシング使用例
    当施設でのCVC へのクロルヘキシジン含有ドレッシング使用例

    CVC のドレッシングとして、必須の機能が複数ありますが、第一に重要なのが「固定性」であると筆者は考えます。とくに大量化学療法および造血幹細胞移植を受ける患者にとって、CVCは命綱とも言える存在です。そのため、不意にカテーテルが引っ張られることがあっても、ドレッシングでしっかりと保持することが最重要と言えます。ただ、固定するだけでは不十分で、動きに合わせて伸縮し、皮膚のつっぱり感を軽減する「追従性」も重要となります。また、貼付時に落下細菌や手袋に付着した細菌のコンタミネーションを防ぐために、簡単な操作ですぐにきれいに貼付できる「操作性」に優れていることも必須の要素です。
    上記の基本性能を満たした上で、特にCRBSIを防ぐ上で重要なのが「視認性」と「抗菌性」と考えます。日々の診療や看護の場面で、CVC 刺入部の発赤、腫脹、滲出液の有無を頻繁に確認することがCRBSIの予防に必須であり、そのため、視認性の優れたドレッシングの使用が望まれます。加えて、これまでに蓄積されたエビデンスを踏まえると、広いスペクトラムに対しての抗菌性を長期間に渡って保持することが、CRBSI 低減に重要とされています。
    それらの点で、テガダーム™ CHG ドレッシングはCVCドレッシング製品に求められる性能を高い水準で満たした製品の一つとして、有用であると考えます。

■クロルヘキシジン含有ドレッシングの適応と適正使用のための教育

  • 当科においては、テガダーム™ CHG ドレッシングに加えて、CHG 含有でないものも含め、複数のドレッシングが使用されています。その選択に関して、画一化された取り決めはなく、各症例の特性(CVC 挿入部位、予想留置期間、患者活動度、皮膚脆弱性)を踏まえ、ケースバイケースで選択されています。例えば、同じ大量化学療法を行うにしても、若年で身体活動性が高い症例では、粘着力が強い製品を選択することが多い一方、皮膚が脆弱な場合や易刺激性の強い場合には、粘着力の弱い別製品を使うこともあります。
    このような使用経験と、CRBSI 発症の推移を見ながら、院内の感染制御チーム(ICT)と、病棟の担当看護師が中心となって、フィードバックをもとに適応を微調整しているのが当科での現状です。また、ドレッシングの交換頻度やタイミング、その際の皮膚消毒法については、院内の統一マニュアルに従い、手順通り行うように教育がなされています。 

■まとめ

  • 本項では、CRBSI 低減を目指す試みの一つとして、当科でのクロルヘキシジン含有ドレッシング導入と継続使用について、その経験をお示ししました。いかなる先端医療やそれに伴う薬剤が開発されても、最終的には末梢ないし中心静脈路の確保が必要となるため、CRBSIをいかにコントロールするかが、血液内科の診療として重要な課題になります。より安全な治療を提供できるように、今後ともデータを集積していくことが必須と考えます。

■CDCガイドライン(一部抜粋)

2017 Updated Recommendations on the Use of Chlorhexidine-Impregnated Dressings
for Prevention of Intravascular Catheter-Related Infections

血管内カテーテル関連感染予防のためのクロルヘキシジン含有ドレッシングの使用に関する推奨2017 年改訂版
1.0 概要
1.1 推奨

1. 18 歳以上の患者
a. カテーテル由来血流感染(CRBSI)またはカテーテル関連血流感染(CABSI)を低減するための臨床適応を明記したFDA 承認済みのラベルのあるクロルヘキシジン含有ドレッシングを、短期留置用の非トンネル型中心静脈カテーテルの挿入部位を保護するために使用することが推奨される。(カテゴリーIA)

2. 18 歳未満の患者
a. クロルヘキシジン含有ドレッシングは、皮膚に重篤な有害反応が生じるリスクがあるため、早産児における短期留置用の非トンネル型中心静脈カテーテル挿入部位を保護するための使用は推奨されない。(カテゴリーIC)
b. 18 歳未満の小児患者および非早産児における短期留置用の非トンネル型中心静脈カテーテル挿入部位を保護するためのクロルヘキシジン含有ドレッシングの使用に関しては、この年齢群における有効性および安全性について公表された質の高い研究によるエビデンスが不足しているため、いかなる推奨も策定できない。(未解決問題)
Centers for Disease Control and Prevention(CDC) Healthcare Infection Control Practices Advisory Committee(HICPAC)


  • ご執筆:2019年8月

    3M、Tegaderm、テガダームは、3M社の商標です。

    高度管理医療機器/抗菌性カテーテル被覆・保護材
    販売名:テガダーム™ CHG ドレッシング
    承認番号:22200BZX00663000