1. 日本
  2. ヘルスケア
  3. 医療用製品
  4. セミナー・学会展示
  5. 集中治療室の感染対策 withコロナで変えられる(かもしれない)こと、変えられないこと
医療用製品

集中治療室の感染対策

集中治療室の感染対策
withコロナで変えられる(かもしれない)こと、変えられないこと

  • 栗山 直英先生、本田 仁先生、齋藤 浩輝先生

    (左)藤田医科大学医学部 麻酔・侵襲制御医学講座
    栗山 直英先生
    (中)藤田医科大学医学部 感染症科
    本田 仁先生
    (右)【座長】聖マリアンナ医科大学 横浜市西部病院 救命救急センター
    齋藤 浩輝先生


COVID-19パンデミック以降、医療機関は未知のウイルスに直面しながら手探りで感染対策を構築してきた。とりわけ、COVID-19重症患者のケアにあたる集中治療室では厳格な感染対策が求められてきた。そして現在、withコロナを見据えた感染対策を模索する段階に来ている。
本セミナーでは、パンデミック当初からCOVID-19患者を受け入れてきた藤田医科大学医学部 麻酔・侵襲制御医学講座の栗山直英先生にゾーニングや新しいカンファレンス様式、診療材料の確保など、試行錯誤の中で取り組んできたこの3年間の振り返りを、同大学医学部 感染症科の本田仁先生にはCOVID-19以降の医療関連感染症の変化と、PPE、隔離解除基準や入院前スクリーニングの必要性などにおける感染対策de-escalationの見通し、さらに現在、SHEA(米国医療疫学学会)が推奨しているプラクティスについてお話しいただいた。

演題 1 集中治療の立場から 
栗山 直英 先生 藤田医科大学医学部 麻酔・侵襲制御医学講座

  • 陰圧個室を持たないICUにおけるゾーニングの取り組み

    当院はSARS-CoV-2が国内に持ち込まれた2020年2月から今日までCOVID-19患者を受け入れ続け、ICUでは腹臥位療法や血液浄化、ECMO管理が必要な最重症患者を診療してきた。
    当院ICUは18床を有するが、出入り口が2ヵ所で陰圧個室はない。そこで、流行拡大初期はパーテーションを設置し、入口と出口を分けて汚染区域のゾーニングを行った。しかし、感染拡大の波が繰り返す中でCOVID-19患者の増減にあわせた柔軟なゾーニング対応のため、ビニールカーテンを使ったゾーニングに変更し、最大で8人のCOVID-19患者を収容できる体制をとった。もともとの換気設備の構造や、消防法によりビニールカーテンは天井から50cmを空けて設置する必要があることから、完全な陰圧にはできないものの、これによりECMO 6台、血液浄化12台が同時に稼働する第4波の最も壮絶な時期も大きく手術件数を減らさずに乗り切ることができた(図1)。

    ICUでは患者由来のエアロゾルによる感染リスクが大きな問題となってきた。麻酔導入時にはベースラインと比較してエアロゾルの発生がマスク換気で200~300倍、気管挿管で30~50倍増加すると報告されている1)。職員を守る観点から、心停止時のアルゴリズムも心臓マッサージを一旦中止してでも気管挿管を優先するようになり、スタッフはN95マスクを着用するのはもちろん、肺ガス出口にフィルターをつけるなど院内にある部材で様々な試行錯誤を続けてきた。なお、感染拡大初期の気管挿管時に使用されてきたアクリル製のエアロゾルボックスの使用は、現在は推奨されていない2)

  • 図1 COVID-19 第4波におけるICUのゾーニング
    図1 COVID-19 第4波におけるICUのゾーニング
  • コロナ禍で生まれた新しいカンファレンス様式

    集中治療の質を維持するためにカンファレンスは極めて重要である。しかし、COVID-19感染拡大による「新しい生活様式」への移行で三密の回避が求められる中、従来のカンファレンスや申し送りのスタイルの変更を模索せざるを得なくなった。対面式の会議は最低限とし、参加人数は最小限、スタッフ間の距離は1m以上の確保が院内のルールとなり、これに準じたカンファレンスの開催が必要となった。
    そこで感染拡大初期では広い部屋で出席者全員が前を向く形式とし、メンバーは最小人数に制限して、カンファレンス時間も極力短縮した(図2)。しかし、この方式ではカンファレンス出席者以外には情報の伝達が困難なため、本学所属者のみに限定したWeb会議システムを用いてカンファレンスを配信することにした。録画もできるため出席者以外のスタッフも治療経過の情報共有が可能となった。ただ、双方向のコミュニケーションの低下によりディスカッションが不十分、教育面では現場でクリニカルクエスチョンが生まれる機会がないといったデメリットも生じた。
    そこで、個々の症例に対しては週1回の多職種が参加するPICS(post intensive care syndrome;集中治療後症候群)カンファレンスの場を利用してリハビリ・栄養プロトコルについてもディスカッション不足を補うよう努め、所見の共有のため気管支鏡などディスポーザブルで動画撮影が可能な機材も導入した。

  • 図2 COVID-19感染拡大初期のカンファレンスの様子
    図2 COVID-19感染拡大初期のカンファレンスの様子
  • 診療材料確保~シミュレーションから導き出したマスク使用制限

    ICUでCOVID-19患者を診る際には、N95マスク、フェイスマスク、フェイスシールド付きマスク、ガウン、手袋、キャップなどの個人防護具(PPE)をフル装備の上で病室に入る必要がある。しかし、感染急拡大に伴い、これらのPPEに欠品、納期遅延、価格高騰が生じるようになり、通常診療にも大きく影響が及んだ。
    特にマスクに関しては、これまで手術室で月13,000~15,000枚使用していたが、感染流行初期の段階で入荷が見込めなくなり、残数10,000枚を切る事態となった。そこで、1日あたりのマスクの固定使用枚数をシミュレーションし、1人につき2枚/日程度に制限して月あたりの使用枚数を5, 720枚に抑えた(表1)。あわせて手術室に入るスタッフも最小人数に制限して、マスク不足に対応した。その後、病院側によるマスク調達の努力も手伝って手術件数の制限には至らずに済んだことは幸いであった。

    この3年間有事にあって、最後の砦としての集中治療の役割の大きさを再認識させられた。試行錯誤の中には使用機会のなかったもの、今後使用しないものも多数あり、体力的にも精神的にも厳しい毎日ではあったが、創意工夫を楽しみながら日々を乗り切れた経験は大きな収穫であったと考える。

  • 表1 手術室スタッフのマスク使用量予測
    表1 手術室スタッフのマスク使用量予測

演題 2 感染制御の立場から
本田  仁 先生 藤田医科大学医学部 感染症科

  • COVID-19パンデミックで変化した医療関連感染症

    COVID-19のパンデミックは、従来の医療関連感染症(HAI)に多大な影響を及ぼした。COVID-19罹患後に侵襲性真菌感染症(CAPA; COVID-19 associated pulmonary aspergillosis)が報告されるようになり、抗菌薬の過剰使用に伴う多剤耐性菌の増加もみられた。また、中心ライン関連血流感染(CLABSI)、人工呼吸器関連肺炎(VAP)などのデバイス関連のHAIもCOVID-19に伴って大幅に増加し、米国のデータによると、CLABSIで約45%、人工呼吸器関連事象(VAE)で約51%の増加が認められている(図3)3)

  • 図3 医療関連感染症の増加
    図3 医療関連感染症の増加

COVID-19感染対策のde-escalationの見通し

COVID-19は既存の感染対策のパラダイムシフトをもたらし、従来にない厳格な対策を医療現場に求めてきた。しかし、今後は対策の簡素化に向けたde-escalationを視野に入れていくことも必要である。

(1) ICUにおけるPPE
COVID-19患者管理ではPPEのフル装備が原則となった。米国疾病管理予防センター(CDC)は、COVI D- 19パンデミック時の接触感染対策ではフェイスシールド/ゴーグル、N95マスク、袖付きガウン、手袋の着用を推奨し、N95マスクが入手困難であれば、サージカルマスクで代用可としてきたが、この推奨は現在も変更されていない4)。また、米国感染症学会(IDSA)は、エアロゾル発生手技(AGP;Aerosol Generating Procedure)を行う際はN95以上の性能を有するマスクの着用を現在も促している5)
オミクロン株変異後のSARS-CoV-2の感染性は非常に高いレベルで推移しており、空気感染の可能性も否定できない状況にある。これらのことから挿管、気管支鏡、NPPV(非侵襲的陽圧換気療法)といったAGPにおいては引き続きN95マスクの着用が妥当であり、サージカルマスクへの移行は当面困難であるという認識が大勢を占めている。また、医療機関におけるユニバーサルマスキングは先進国では今後も継続されることが見込まれる。

(2) 陰圧個室の必要性
オミクロン株変異前のデータではあるが、個室病室で陰圧か非陰圧かで医療従事者のCOVID-19発生率は変わらないという報告がある6)。陰圧個室はあると良いかもしれないが、その意義は相対的に低くなってきていると感じている。

  • (3) 隔離解除基準
    COVID-19患者の隔離解除の判断材料のひとつにviral shedding(ウイルスの排出)がある。viral sheddingは発症2日前から発症5~7日後までが最も多く、10日後の培養ではウイルス量は検出限界以下まで減少し、免疫不全患者やCOVID-19の重症患者では20日経過した段階でviral sheddingがおおむね終了すると報告されている7)
    PCR検査で陽性であってもcycle threshold値が33回転以上であれば、ウイルスデブリへの反応の結果で実質的にはウイルスが存在していないと見なし、隔離解除を前倒せるかは今後の検討課題である。
    世界的に知られる隔離解除基準には「Symptom/ Time-based strategy」と「Test-based strategy」の2つがある(表2)。前者が症状改善と一定の時間経過、後者はPCRあるいは抗原検査による陰性確認を要件として定義されている。ただし、いずれの基準も利点・欠点があるため、その点を踏まえた上で運用していくことが重要である。

  • 表2 COVID-19患者の隔離解除基準
    表2 COVID-19患者の隔離解除基準

(4) 入院前スクリーニングは継続か否か
COVID-19パンデミック以降、過剰ともいえるスクリーニングが常態化している。しかし、当院では2022年11月より入院予定患者の入院前スクリーニングを中止した。これにより月あたりの検査費は1,000万円程度節約することができた。入院前スクリーニング中止後も院内クラスターは発生したが、いずれも院内発症を主体としたものであり、スクリーニングの中止はクラスター発生に影響しないというのが我々の見解である8)
米国医療疫学学会(SHEA)も、入院前スクリーニングの継続は少なからず不利益があるという理由で、現在は非推奨としている9)

SHEAが推奨するプラクティス

COVID-19パンデミック以降、HAI、とりわけCLABSIとVAEが大幅に増加したが、これを受けてSHEAは2022年にこれらのHAIの予防に関してプラクティスレコメンデーションを出している。

(1) CLABSI予防のプラクティス
CLABSIについてはエビデンスの質が高いものとして8つのエッセンシャルプラクティスが示されており10)、これらのうち欧米では標準的に実施されているクロルヘキシジン(CHG)bathingやカテーテル刺入部におけるCHG含有ドレッシング材の使用は、わが国では今後取り組む余地がまだ残されていると思われる。CHG含有ドレッシング材については、あるシステマティックレビューによると、CLABSI発生頻度におけるリスク比0.71で、CLABSI発生率低下に有効であることが示唆されている11)

(2) VAE予防のプラクティス VAE予防としては、エビデンスの質が高いものとして6つのプラクティスが示されているが、特に注目すべき点はNPPVの運用と鎮静の最小限化である12)。COVID- 19対応においても再挿管を避け、できる限りNPPVを使用することがスタンダードプラクティスとなっている。また、ベンゾジアゼピンの使用を最小限とすることは、SHEAのガイドラインにおける予防プラクティスの中でも重要な位置を占めている。

ICUにおけるCOVID-19感染対策は、今後もおおむね現状を維持していく可能性が高い。COVID-19での重症例は継続的に発生するものとして、HAIをマネジメントして、引き続き予防に努めることが重要であると考える。

引用文献
1)Dhillon RS, et al. Anaesthesia 2021, 76(2): 182-8.
2)Begley JL, et al. Anaesthesia 2020, 75(8): 1014-21.
3)Lastinger LM, et al. Infect Control Hosp Epidemiol 2022 May 20; 1-5.
4)CDC. Use Personal Protective Equipment (PPE) When Caring for Patients with Confirmed or Suspected COVID-19
https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/downloads/A_FS_HCP_COVID19_PPE.pd(f 2023年4月5日閲覧)
5)IDSA. COVID-19 Guideline, Part 2: Infection Prevention, 2021.
https://www.idsociety.org/practice-guideline/covid-19-guideline-infection-prevention/(2023年4月5日閲覧)
6)Klompas M, et al. Clin Infect Dis 2022; 74(12): 2230-3.
7)Rhee C, et al. Clin Infect Dis 2021; 72(8): 1467-74.
8)Honda H, et al. Infect Control Hosp Epidemiol 2023 Apr 24; 1-4.
9)Talbot TR, et al. Infect Control Hosp Epidemiol 2023; 44(1): 2-7.
10)Buetti N, et al. Infect Control Hosp Epidemiol 2022; 43(5): 553-69.
11)Asensio MP, et al. Infect Control Hosp Epidemiol 2020; 41(12): 1388-95.
12)Klompas M, et al. Infect Control Hosp Epidemiol 2022; 43(6): 687-713.


SHEA/IDSA/APIC Practice Recommendation
急性期病院における中心静脈ライン関連血流感染症(CLABSI)予防のための戦略:2022年改訂版

Essential Practices

挿入前
1. 不必要なCVC留置を最小限にするため、エビデンスに基づくCVCの適応リストを簡単に参照できるように提供する(エビデンスの質:低)。
2. CLABSI予防に関して、CVCの挿入・ケア・管理に関わる医療従事者の教育と能力評価を要求する(エビデンスの質:中)。
3. 生後2ヵ月を超えるICU入室患者を日常的にクロルヘキシジン含有製剤で清拭する(エビデンスの質:高)

挿入時
1. ICUおよび非ICUにおいて、施設はCVC挿入時の感染対策の遵守を徹底するためにチェックリストのようなプロセスを整備すべきである(エビデ
ンスの質:中)。
2. カテーテル挿入や操作の前に手指衛生を実施する(エビデンスの質:中)。
3. ICUでカテーテルを留置する際は、感染性の有害事象を低減するため鎖骨下静脈の選択が望ましい(エビデンスの質:高)。
4. カテーテル挿入物品がすべて揃ったカートまたはキットを使用する(エビデンスの質:中) 。
5. カテーテル挿入に超音波ガイドを使用する(エビデンスの質:高)。
6. CVC挿入中はマキシマム滅菌バリアプリコーションを使用する(エビデンスの質:中)。
7. 皮膚消毒にはアルコール系クロルヘキシジン消毒剤を使用する(エビデンスの質:高)。

挿入後
1. 適切な 看護師-対-患者 人員比率を徹底し、ICUでのフロートナースの利用を制限する(エビデンスの質:高)。
2. 生後2ヵ月を超える患者におけるCVCではクロルヘキシジン含有ドレッシングを使用する (エビデンスの質:高) 。
3. 成人および小児における非トンネル型CVCでは、透明ドレッシングは少なくとも7日毎に、もしドレッシングが汚れたりゆるんだり湿ったりしてい
る場合は直ちに交換し、クロルヘキシジン消毒剤で挿入部位のケアを実施する。ガーゼドレッシングは2日毎に、もしドレッシングが汚れたりゆ
るんだり湿ったりしている場合はより早期に交換する(エビデンスの質:中)。
4. カテーテルに接続する前にカテーテルハブ・ニードルレスコネクタ・注入ポートを消毒する(エビデンスの質:中)。
5. 不必要なカテーテルを抜去する(エビデンスの質:中)。
6. 血液・血液製剤・脂質製剤投与に使用しない輸液セットの定期的な交換は、最長7日間の間隔で実施してもよい(エビデンスの質:高)。
7. ICUおよび非ICUでCLABSIのサーベイランスを実施する(エビデンスの質:高)

フロートナース; 派遣やスポット勤務の看護師

SHEA/IDSA/APIC Practice Recommendation, Strategies to prevent central line-associated bloodstream infections in acute-care hospitals: 2022 Update,
Infect Control Hosp Epidemiol 2022; 43(5): 1-17 by Niccolò Buetti, et al. ©2022 by Cambridge University Press.
Reproduced under the terms of the Creative Commons CC BY license. (3M社による参考翻訳であり、英語原文が優先されます)


収録:2023年3月 第50回日本集中治療医学会 共催セミナー にて