これまで当院では、周術期の体温測定方法として連続式とスポット式の2 種類を採用し、長時間に及ぶ手術や全身麻酔では連続測定を行い、ディスポーザブルのプローブによる口腔温や食道温、直腸温、膀胱温、肺動脈温にて体温管理をしていました。一方、短時間の手術や局所麻酔、覚醒下にある患者へは、スポット測定で主に腋窩温や鼓膜温を用いていました。
スポット測定適応の麻酔症例として高齢者に多い大腿骨骨折治療の手術がありますが、牽引手術台を用いるため体表の露出が多く体温が低下しやすいことから、直腸温を連続測定していました。しかし、牽引により直腸温計がずれたり、術中に便の漏出が見られたりすることで、不精確な数値が出ることがありました。また、脊髄くも膜下麻酔で行われる経尿道的ホルミニウムレーザー前立腺核出術(HoLEP)においても直腸温を連続測定していましたが、HoLEPでは出血や切除した組織を洗い流すために生理食塩水を大量に環流させます。その影響で直腸温計が冷やされ、本来よりも低い数値を示すことがあるなど、環境に左右されることが少なくありませんでした。
体温計の種類や測定場所が複数あることは利点である反面、測定場所によって深部温の差が生じてしまい、数値が持つ意味の解釈が難しかったり、精確性に欠けることがしばしばありました。肺動脈カテーテルを用いた肺動脈温が核心温に最も近いとされていますが、侵襲的であり体温測定のみを目的に肺動脈カテーテルの挿入を行うことはありません。さらに、体腔に挿入するプローブでの体温測定は出血や臓器の穿孔リスク、また体動や手術操作でずれが生じやすいなど、低侵襲と精確な体温測定が課題でした。
当院ではクオリティ・インディケーター(QI)を測定・公表し、医療の質の向上に取り組んでいます。その指標の一つに周術期低体温とシバリング発生率があり、それぞれのデータを毎年示してきました。指標の信頼性を上げるためにも、精確なモニタリングを追求していました。こうした課題解決策を模索している中、3M™ ベアーハガー™ 深部温モニタリングシステム(以下、モニタリングシステム)を知り、導入の検討を始めました。
モニタリングシステムは熱流補償式体温測定原理を用いたもので、麻酔導入前に前額部にセンサーを貼付することで、周術期を通して簡便に核心温が測定できます(図1)。非侵襲性のため、局所麻酔や覚醒下にある患者でも装着による不快感がなく、一部の術式*を除いて使用できるため統一した体温測定が可能になります。シングルユースのため感染リスクも低く、またセンサーの断熱材により外気温の影響を受けにくく、高精度のデータが取得できます。さらに、測定データは麻酔記録への連続取り込みが可能で、研究等への二次活用が容易になると考えました。
ランニングコストを試算したところ、コストの壁はありましたが、手術室看護師長を中心に質の高い周術期医療の実現を院内の器材委員会に強く訴求し、導入が認められました。
*適応外:腹臥位手術、頭頚部手術(消毒液がかかる場合)、超低体温手術(急激に25℃以下にする場合)、温熱療法、低体温療法(別の体温計の併用が必要)
モニタリングシステム導入に向けて、手術室看護師が主体となって勉強会を開き、その内容は麻酔科にも共有されました。運用手順を作成し、関係者にメ―ル配信するとともに常に見える場所で保管することにより、スムーズに導入が進みました(図 2)。
モニタリングシステムはまず手術時間の長い成人の症例から使用を開始しました。スタッフはモニタリングシステム使用によるメリットを実感し、現在では対象症例を広げ、短時間手術、局所麻酔や小児も含め、前額部にセンサーを貼付できる症例にはほぼ全てに使用しています。
体温管理への意識も大きく変わりました。局所麻酔症例では患者が覚醒下にあるため、以前は頻回に体温測定する必要性を感じていないスタッフも見受けられましたが、モニタリングシステムで連続測定することで体温低下や体温上昇に早期介入できるようになりました。モニタリングシステムは麻酔導入前から使用できるため、心電図や血圧計のモニターとともにバイタルサインの一つとしての体温管理が根付き、徹底した体温管理に取り組んでいます。
手術室は患者と機器をつなぐコードが多く、モニタリングシステムも例外ではありません。モニタリングシステムは患者側につなぐセンサーコードと生体情報モニターにつなぐコードが必要になりますが、当院ではモニタリングシステム本体に余ったコードを巻いておく、生体情報モニターとモニタリングシステムのディスプレイが同じ視野におさまるよう配置するなどの工夫をしています(図 3)。
モニタリングシステムを導入して2年後の2017 年度のQIでは、術中 36 度以上の体温に維持された患者(長時間の主要な外科手術症例)の割合は 98.7%(775/785)でした。モニタリングシステムでは精確な核心温が取得できるため、信頼できる数値としてとらえています。また、低体温がわずか1.3%であったのは、連続測定により体温の低下を早期に把握し、周術期低体温の予防、正常体温の維持管理に、全症例で3M™ ベアーハガー™ 温風式加温装置を使用して対応できているためと推測されます。当院ではモニタリングシステム導入前より、周術期の体温管理に取り組んでいましたが、より体温管理の重要性について意識が高まったと実感しています。
私は周麻酔期看護師として麻酔前、麻酔中、麻酔後まで一貫して部署を横断して看護を提供しています。術前外来で麻酔前の評価をしたり、術後の疼痛管理をしたり、無痛分娩という手術以外の場面でも関わることがあります。大学院2年間の中で、麻酔や全身管理の医学的知識や状況判断の能力を養い、その後の臨床業務では一定レベルの全身管理を麻酔科医とともに行っています。麻酔に関わる医療行為の実施判断は麻酔科医の指示のもとに行いますが、直接的な患者ケアやキュアへの関わりだけでなく、教育や看護医学研究として携われる側面もあります。
周術期の体温管理は患者予後に影響する重要な全身管理の一つです。周麻酔期看護師は麻酔科の視点も持ち合わせているため、患者監視や体温測定の意義などを十分認識しています。生理学や薬理学から見た身体的側面の視点や精神心理的側面の視点など、総合的に患者さんを評価し対応できる点も強みです。周麻酔期看護師が麻酔科医と協働することで、麻酔の安全、質の向上に貢献できると考えます。
当院では、放射線治療室や放射線透視検査室でも麻酔を行うことがありますが、モニタリングシステムは導入されていません。室温が低く長時間に及ぶ治療において体温管理は重要です。全身管理を目的に核心温を連続測定できるモニタリングシステムは有効と考えますので、このような部署への導入拡大も図っていきたいと思います。
また今後は、消化器内視鏡検査や鎮静において、周麻酔期看護師として関わっていきたいと考えます。
安全な麻酔のためのモニター指針(日本麻酔科学会)では、「麻酔中の患者の安全を維持するために、体温測定を行うこと」が指針として示されていて、麻酔方法によらず全症例で体温測定をすることが重要です。周術期の安全性の向上のために、体温は常に測定するという文化を根付かせていくことが必要だと思います。
周麻酔期看護師 鈴木怜夢先生(写真左)
同じ麻酔でも無痛分娩の硬膜外麻酔ではたびたび発熱することがあります。無痛分娩でなくとも分娩中の妊婦さんが発熱することがあり、妊婦さんの発熱は胎児にも影響するといわれているため、無痛分娩中の体温をモニタリングシステムで連続測定し観察していきたいと思います。また、分娩中に前額部にセンサーを貼付することへの配慮も必要です。たとえば、胸部などに貼付できるようになれば妊婦さんへの負担が軽減できると思います。
手術室看護師長 小川真由美先生(写真中央)
現状の前額部に貼付するモニタリングシステムでは、腹臥位や頭頸部手術の患者さんには使用できません。頸部で測定できれば腹臥位の患者さんにも使用できます。現在、小児患者にも使用していますが、センサーのサイズが大きすぎることがあります。小児にあわせた小さなサイズがあれば、より使用しやすくなると思います。
簡便・非侵襲的に
3M™ ベアーハガー™ 深部温モニタリングシステムは、手術中も観察がしやすく、
深部温のモニタリング部位として適した前額部にセンサーを貼付し、簡便に深部温が測定できます。
温度センサーを緩やかに加温し、 患者の深部温と平衡状態にすることにより、
体表面から深部温を測定するため、非侵襲的に測定が可能です。
深部温を精確に
手術部位や手術操作、外気温の影響を受けにくく、麻酔導入前の覚醒時から、深部温測定ができます。
術前、術中、術後を通して同じ測定方法で、 肺動脈温と相関性の高い精確な深部温の変化を
モニタリングすることが可能です。