近年、外科的手術は内視鏡を用いた低侵襲手術が主流となっていますが、体温管理において開腹・開胸手術と大きく異なる点は術中の加温範囲です。例えば、開腹胆嚢摘出術では上肢を横に広げて固定するため、下半身に加温ブランケットを使用できます。一方、腹腔鏡下胆嚢摘出術の場合は開脚位をとり両下肢の間に術者が立つため、下半身に加温ブランケットを使用できず、加温範囲は限定されます。このように術式の変化に応じて、低体温予防の対策も変わり、適切な保温と加温を検討していく必要があります。
これまで当院では、患者入室から麻酔導入中は全身の保温をするためにタオルケットを使用し、術中はロール状の保温用覆布をカットして使用していました。麻酔導入までの全身の保温に保温用覆布を使用すると、大きなサイズでカットする必要がありコストが嵩むため、タオルケットと保温用覆布の2種を使い分けしていました。
また、患者の体格は個々に異なるため、小さくカットしすぎて十分に覆えなかったり、反対に必要以上に大きくカットして不経済になったり、カットすることが手間で術中もタオルケットで対応するケースも見受けられるなど、スタッフによってケアにばらつきがありました。こうした点に加え、ロール状だと患者一人当たりの正確なコストを算出できないことも課題でした。
これらの課題を解決する方法を模索していたとき、温風式加温装置の見直しがあり、3M™ ベアーハガー™ ペーシェントウォーミングブランケット(以下、加温ブランケット)と3M™ かけるだけであったかい保温ブランケット(以下、KAB-1214)の組み合わせを用いて、より徹底した正常体温維持に取り組むことにしました。
KAB-1214は個包装になっており、1枚で全身を十分に覆えるサイズです。患者入室から麻酔導入中はKAB-1214の1枚で全身の保温をし、術中は術式に応じて分割して使用できます(図1)。つまり、入室から退室までKAB-1214だけで保温でき、これは大きなメリットであると感じました。また、患者ごとに1枚を単回使用するためコスト管理が容易になりました。さらに、低発塵性(低リント)であることも感染対策に厳しい手術室に貢献する点であり、導入の決め手となりました。
KAB-1214の導入が決まると、スタッフ向けに「加温と保温の違い」をテーマに勉強会を行いました。体温管理の重要性はスタッフ全員が認識しているものの、例えば体温が低下してしまった患者に保温したり、あるいは加温しか行わなかったりと、加温と保温の区別が十分についていないスタッフが見受けられたためです。
全身麻酔下では体温調節中枢の機能が抑制され、周囲の温度の影響を受けやすい状態になり、麻酔導入直後から体温が下がってくることが知られています(再分布性低体温)。皮膚消毒や尿道カテーテル挿入のため、皮膚の露出が増え熱が喪失されやすくなり、体温がより低下していきます。手術患者の低体温はシバリングや覚醒遅延、心合併症のリスクの増加など様々な悪影響を及ぼすことから、加温装置などを用いて外部から患者に熱エネルギーを与える加温が必要であり、また保温材などで体表面からの熱放散を防ぐために保温も必要です。このように、加温と保温にはそれぞれの目的があることなどを勉強会で再確認してもらいました。
運用方法として、加温ブランケットは術式ごとに使用方法を統一し各診療科のマニュアルに記載し、KAB-1214はすべての手術室に1枚ずつ設置し、術前に皮膚の露出部分すべてに対しKAB-1214で覆うこととしています。
当院では従前より保温用覆布を活用していたため、スタッフ間に大きな混乱はなくスムーズにKAB-1214の導入が進みました。保温用覆布の時はカットに手間がかかるという理由から保温に消極的なスタッフもいましたが、KAB-1214変更後は皮膚が露出されている部分は覆うというシンプルな運用になり、ケアが標準化されました。「体温を逃がさないようにするためにしっかり保温」という意識がスタッフに根づいたと思います。
当院では、入室後すぐに全身にKAB-1214を掛け、その上にタオルケットを掛けています。KAB-1214は以前の保温用覆布よりも厚みがありますが、手術を控え不安な気持ちの患者さんは重さのあるもので包まれたほうが安心するという意見を反映し、ほぼ全例にこのような保温方法を採用しています。
麻酔導入後は、術式・手術体位に合わせてKAB-1214を分割します。内視鏡手術ではKAB-1214を四分割して両手両脚に掛け、開腹手術の場合はKAB-1214を半分に折って下肢に掛けて使用しています。ミシン目が入っているので、切り離して掛けるだけという非常にシンプルな使用方法です。
以前は、コストの懸念もあり必要最小限のサイズを予測しカットしていたため、患者さんの体型によって包(くる)むには小さすぎることがありました。しかし、KAB-1214は四分割しても十分な大きさがあるので、スタッフが自主的に上肢や下肢を包むようになり(図2、図3)、保温効果も上がっているように思います。さらに、当院の手術室看護師は手術当日に患者さんに対面するため事前の体型の把握が難しいことや、年々増加する手術件数への対応もあり、一律でサイズが決まっている方が運用しやすいのだと感じました。KAB-1214は厚みがある分、体に沿わせにくい場合もありますが、端をワンタッチベルトで留めて剥がれない工夫をしています(図4)。
KAB-1214の評価として、スタッフからは核心温の低下が少なくなったとの意見が多く聞かれます。勉強会が功を奏し、スタッフが加温と保温の区別ができるようになったことで、低体温の発生数は減少している印象です。
また、垂直層流方式である手術室は、患者さんが寒さを感じやすく、以前はタオルケットを掛けても「寒い」と言われることがしばしばありましたが、KAB-1214導入後は「暖かい」と言われることが多くなりました。
他部署のスタッフにも好評です。脳外科血管内治療などの場合は、手術室で麻酔導入を行ってから患者さんをアンギオ室に移動することがあります。以前は移動直前まで加温しタオルケットのみを掛けてアンギオ室に移動していたのですが、最近はKAB-1214とタオルケットを掛けるようにしています。KAB-1214はアンギオ室での治療終了後に廃棄してもらいます。
最近、プレウォーミングという言葉が一人歩きしているように感じます。プレウォーミングとは術前加温のことで、強制温風式加温がより効果的といわれています。そのため、出棟時に患者さんに靴下を履いてもらう、ベッドを温める、室温を上げるといったことだけでは効果は限定的かと考えます。加温と保温の区別ができれば、体温管理が理解しやすくなると思います。
正常体温維持の目的は、術後合併症の防止です。しかし、核心温だけに着目し体温管理していてもシバリングが起こることがあります。低体温による合併症を防ぐためには麻酔導入前の核心温と末梢温にも着目することが必要だと思います。今後は核心温と末梢温のバランスをとった体温管理が実現できるよう取り組んでいきます。
加温ブランケットとKAB-1214の同時導入は手術室看護師が体温管理の重要性を見直す良い機会になったと思います。