当院は2017年に急性期病院として開設され、関東・東北などに139の施設(2021年4月現在)を運営する医療法人IMS(イムス)グループに属しています。手術件数は年間3,000件近くに上り、地域の救急病院としての役割を担っています。
開院当初の当院の滅菌事情は手術室や病棟で使用した器材を手術室管轄の中央材料室(以下、中材室)で洗浄から組み立て・滅菌までを行い、滅菌終了後はすぐに払い出しをしていました。また滅菌保証に関しては、手術器材には化学的インジケータ(CI)を入れるもののコスト削減を理由に半分に切って使用し、病棟・外来器材においてはCIを入れないまま払い出すという状況で、患者安全を担保できる滅菌保証とは言い難いものでした。
そうした中、IMS本部がグループ全施設で使用できるオリジナルの滅菌保証のガイドラインとして「医療現場における医療器材の洗浄から滅菌までのガイドライン」を作成することになり、その一環として当院の中材室にグループ内の他院から感染管理認定看護師による調査が入りました。そこで指摘されたことは、生物学的インジケータ(BI)が適切に運用されておらず、グループ内の他施設に比べて滅菌保証の水準が低いということでした。これを受けて当院では滅菌業務の抜本的な見直しに取り組むことになりました。
滅菌保証の質を担保するためには、当院で使用する全滅菌物へのBI導入が不可欠でした。これまでコスト削減の観点からBI導入の検討が進まない背景がありました。しかし、外部からの指摘をきっかけに、本腰を入れてBIを導入する方向へ加速度的に進んでいきました。
BIの選定にあたっては、グループ内のほとんどの病院ですでに採用実績があり、信頼性が高い3M™ アテスト™ 生物学的モニタリングシステムに決定しました。BI導入は当院の滅菌保証における喫緊の課題であることを上層部に訴え、比較的容易に理解を得ることができました。その後、手術室運営会議や中材担当者が出席する感染対策委員会での議論を経て、物品委員会、稟議委員会でBI導入が承認されました。BI導入には感染対策委員会が準備した比較データなどのエビデンスが非常に参考になり、大きな後押しになりました。
BIの導入が決まり、事前準備として使用手順に関するスタッフ教育を開始しました。3Mの協力を得て勉強会を実施したり、滅菌保証に関連する製品のSOP(Standard Operation Procedure:標準作業手順書)を作成しました(写真1)。当院のスタッフには外国人もいますので、マニュアルは写真や絵を取り入れた視覚的にわかりやすい内容にしました(写真2)。また、中材室に所属する看護助手や非常勤看護師、手術室スタッフを対象として洗浄から組み立て、滅菌までを1週間かけて学んでもらう勉強会も実施しました。
滅菌保証の再構築と並行して取り組むべき課題の一つが、滅菌業務の集約による中央処理化の仕組みづくりでした。
これまで病棟・外来・内視鏡室などで使用した器材は現場で一次洗浄を行い、洗浄後の器材は清潔器材と不潔器材が混在したまま中材室へ運び込まれていました。こうした方法は汚染や感染の拡大を招く要因となります。そこで現場における一次洗浄を廃止し、使用後の器材についてはすべて予備洗浄スプレーを散布したうえで運搬用ボックスに入れて中材室に運び込む方式に統一しました。中材室への運搬方法については写真付きのマニュアルを作成し、全病棟に配布して周知徹底をはかりました(写真3)。
器材の購入は病棟単位で行ってきたため、複数の部署でそれぞれ同じ器材を購入するという無駄が発生していました。また、A病棟で使用した器材をそのままB病棟へ持ち込みそこで使った後に中材室へ返却されることも日常的に行われていたため、どの病棟に属する器材かの判別がつきにくく、定数を正確に把握できない状態でした。
そこで院内に存在する滅菌を要するすべての器材を1ヵ所に集めて、器材と病棟を紐付けしたうえで病棟ごとに必要な器材数を中材室で一元管理することとし、中材室からすべて払い出す運用を開始しました。同様に器材修理についても従来は病棟ごとに行っていましたが、病棟から中材室への申込み制にして中材室が一括して対応することとしました。
BI導入当初は滅菌物にBIを入れ忘れるケースも見られましたが、スタッフが慣れるにつれて入れ忘れはなくなりました。また以前は滅菌後すぐに器材を払い出ししていましたが、現在はBI判定を確認した後に払い出しすることを徹底しています。
BI導入により、1点ものや点数が少ない手術器材については管理に工夫が必要です。BI導入前は、滅菌終了後すぐに次の手術症例に使用していましたが、BI判定まで時間を要するようになったことから、希少な器材を使用する手術を連続して行うことは困難になりました。担当医師に滅菌保証や感染リスク低減の重要性をくり返し訴え、そのような手術が連続しないようスケジュール調整を依頼し、理解を得ていきました。
滅菌器材の管理・運用については滅菌経過を記録するオリジナルの滅菌台帳にて行っています。当初は滅菌台帳の記載事項と実際の滅菌経過が合致しないこともありましたが、滅菌台帳の改訂を重ねながら現在はスムーズに運用しています。
当院は手術室の中に各診療科のチームがあり、それらと並んで中材チームがあります。中材チームのメンバーは手術室看護師と非常勤看護師の5名で編成され、手術器材の購入や修理については中材チーム主導で対応しています。メンバーは手術看護と兼務のため、空き時間を使ってマニュアルの整備や払い出し物品の点数確認、物品修理の依頼書作成、月1回のオートクレーブ定期点検に加え、BI導入後は物品の管理も行っています。
滅菌保証を実現するためには、スタッフが滅菌に対する理解を深めることが不可欠です。当院では滅菌に関する院内教育を年1回行っています。対象は手術室看護師と中材室スタッフ全員で、器材が新規導入された際には対象診療科の看護師も参加して滅菌方法の情報を共有しています。
また定期的に病棟をまわり、保管方法や物品定数などのチェックをしています。当初は滅菌器材が床近くの棚段に置かれていたり、滅菌切れの器材が保管されていたり、滅菌バッグがよれていたりする状況が散見されましたが、その都度改善点を指導してきました。
定期的なラウンドを続けることで現場の問題点は徐々に改善されていきましたが、病棟スタッフの滅菌に対する意識を根本的に高めるために、新人看護師向けの研修カリキュラムに滅菌の講義を盛り込むことにしました。受講した新人看護師からは清潔器材と不潔器材の取り扱い方を理解できたという感想をもらっており、現場業務に役立ててもらっています。今後は、新人看護師研修だけでなく、病棟の中堅スタッフ向けの研修会においても滅菌の講義を実施し、全体のレベルアップをはかりたいと考えています。
ゼロからの滅菌保証の取り組みでしたが、外部からの調査をきっかけとして滅菌に関する抜本的な改革が進んだことで、当院の滅菌保証もようやく一定の水準に近づいてきたと感じています。これまでスタッフが抱き続けてきた器材に関する患者安全への不安が払しょくされ、滅菌の意識が高まってきたことは大きな収穫で、医療の質の向上に大きく貢献できたと実感しています。
滅菌保証に対する取り組みが進まない施設は、今なお多いと思われます。当院の場合はグループ内に数多くの病院があるため、グループのベンチマークを活用して現状の問題点の把握と目標の設定をし、BI導入の際の経営陣への有力な説得材料にすることができました。このように系列内でのベンチマークが得られない場合でも、自施設と同程度の規模の施設の状況を参考にすることで滅菌保証の取り組みを前に進めることはできると思います。滅菌不良で感染が発生すれば、病院経営にも大きなダメージとなります。滅菌保証の重要性をくり返し経営陣に訴え続け、病院全体で取り組んでいくことが大切です。
当院の今後の展望としては、現在のスタッフの中で有資格者(滅菌技士・師)を増やせるような体制を整備していき、さらなる安全・安心な医療の提供に大きく寄与したいと考えています。