集中治療を必要とする重症患者は、循環動態が不安定で生体反応による腸管浮腫を引き起こしたり、末梢の組織が虚血状態となり、多くは脆弱な皮膚状態となります。初期治療では大量の輸液投与が行われたり、経口摂取ができなくなることにより消化管粘膜の萎縮を起こします。さらに抗菌薬投与や経腸栄養剤の使用により、消化管関連合併症を起こし下痢を併発しやすい状態になります。また、治療上、安静を強いられることが多く、ほとんどの患者がおむつを着用しています。おむつによる過度な湿潤環境は皮膚のバリア機能や組織耐久性を低下させ、皮膚トラブルを起こしやすくします。
日本版重症患者の栄養療法ガイドライン(日本集中治療医学会)では、消化器でのバクテリアルトランスロケーションによる感染症発症の低減のため「重症病態に対する治療を開始した後、可及的に24時間以内、遅くとも48時間以内に経腸栄養を開始することを推奨する。(IB)」と記載されています1)。多くの施設でも実施されていると思いますが、当院においてもこのガイドラインに則り、少なくともICU入室2日までには経腸栄養を微量から開始しています。
2018年~19年に当院で行った調査では、ICU入室患者の約2割に下痢(1 日排便量≧300gを下痢と定義)が起こっていました。下痢は皮膚トラブルの原因の一つです。近年注目されている失禁関連皮膚炎(IAD)が発生しやすくなるだけでなく、患者の不快感や苦痛を増強させます。こうしたことから、当院ICUのスタッフは下痢による二次的合併症を予防したいという思いを以前から強く抱いていました。
1)日本集中治療医学会重症患者の栄養管理ガイドライン作成委員会.日集中医誌 2016; 23: 185-281.
当ICUでは1日に1回陰部洗浄を行い、排便は2時間おきに確認しています。ICU患者は下痢のリスクが高いことを踏まえ、ほぼ全患者にワセリンを塗布し予防的ケアをしています。ICU 滞在日数が2 ~3日ほどの患者の場合は、加療後、間もなく離床でき、トイレにも自力で行けるようになるためおむつを装着する期間が短くなります。このように皮膚が湿潤環境におかれる期間が短い患者には、ワセリンの塗布は有効です。
一方、長期臥床を余儀なくされ、おむつを着用する患者には、ワセリンでは十分な効果が得られにくい印象がありました。通常のおむつは、尿は吸収しても便は吸い取らないため、下痢を起こしてしまうと、その便が陰嚢や会陰部まで上がってくることが多くあり、皮膚トラブルを起こしやすくなります。軟便吸収パッドのような製品もありますが、高価なため難しいところがあります。
皮膚の損傷があると、皮膚状態がますます悪化することが懸念されるため、ワセリンからジメチルイソプロピルアズレン軟膏の使用に切り替えています。さらに、下痢が続き清潔ケアを行うたびに軟膏の塗り直しが必要な状態になると、皮膚・排泄ケア認定看護師(WOCN)に相談したり、皮膚科に対診を依頼して亜鉛華軟膏の使用へと移行しています。
軟膏が創部に付いていれば、便がついても除去する必要はない、とも言われていますが、便がついたままでおむつを交換することにどうしても抵抗を感じるスタッフもおり、軟膏を拭い取って塗り直すと時間がかかってしまいます。下痢が止まらず、おむつ交換中にも便が出続けることもあります。2時間おきにおむつ交換をするほどの下痢便が見られる患者は、消化管粘膜の萎縮や脱落が生じているほどの生体侵襲が加わっていると考えられます。おむつ交換の際に側臥位にすると、循環動態が変動したり、患者に接続されている循環補助装置や透析装置などさまざまな医療機器に負荷がかかるため、ケア回数の削減、ケア時間の短縮が課題でした。ICU患者の多くは高度急性期であり、身体的負荷を最小限にすることが重要です。
さらに、便の除去やおむつ交換などの物理的刺激は、患者に大きな苦痛を与えます。当然ながらケアの時間が長くなればなるほど、患者への負担は増します。意思疎通が可能な患者の中には、看護師に対し「痛いからやめてほしい」と懇願したり、「もう下痢は治まっているから確認しなくていい」と拒否したりする患者もいました。また、陰部周囲のケアは患者の羞恥心を伴うものですが、ケア時間の短縮は羞恥心の軽減につながると考えます。
患者・看護師の双方の負担軽減につながる方法はないかと模索していたところ、3M™ キャビロン™ 接着性耐久被膜剤(損傷被膜・びらん用)(以下、接着性耐久被膜剤)を知りました。本剤を使用した症例を3例ご紹介します。
症例1:
全身状態が悪化して下痢が続き、陰嚢にIADを起こしていた60代男性です。陰嚢にはジメチルイソプロピルアズレン軟膏を塗布していました。全身浮腫が陰嚢にも及び、おむつが触れるだけで強度の疼痛に襲われ、おむつの着用が困難でした。
そこでWOCNに相談し、接着性耐久被膜剤を週2回、2週間使用して、刺激物との接触から陰嚢表面を保護することにしました。陰嚢浮腫に変化はないものの、おむつ着用ができるようになりました。患者から「あれ塗ってもらってから調子いいんや」という言葉が聞かれたように、本症例は改善の経過が分かりやすく、看護師にとっても製品の有効性を実感し印象に残った症例となりました。
症例2:
心不全によりICUに入室した80代女性の透析患者です。心臓機能を補助する大動脈バルーンパンピング(IABP)を鼠径部から導入したため臥床の必要があり、おむつを着用していました。非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)を装着し鎮静薬も投与されていたため、患者からは排泄のタイミングを伝達してもらうことが難しい状況でした。下痢を併発し、当初、ジメチルイソプロピルアズレン軟膏とドレッシング材でケアしていましたが、鼠径部と陰部周辺にびらんが生じたため(図1)、接着性耐久被膜剤を週2回、計4回使用して、鼠径部や会陰部周辺に回り込んだ便が溜まりやすい窪んだ部分を保護し、全身状態が回復するまでの間、皮膚症状が改善しやすい環境を整えることができました。
症例3:
急性肝不全によりICUに入室した50代男性です。慢性腎臓病から急性腎障害を引き起こし、持続的腎代替療法を行っていました。下痢が持続し、皮膚に発赤が生じ、症状悪化が予想されたため、接着性耐久被膜剤の使用を開始しました。2回目の塗布の際に、陰部に白癬が認められたため、皮膚科に診断を仰ぎ、患部には外用抗真菌薬を使用し、患部を避けた排泄物接触部分には接着性耐久被膜剤を塗布して使い分けました。週2回塗布した結果、刺激からの保護が図れました(図2)。
〈症例〉
従来のケア:ジメチルイソプロピルアズレン軟膏+ドレッシング材
変更後のケア:接着性耐久被膜剤を週2回、計4回塗布
〈症例〉
従来のケア:外用抗真菌薬
変更後のケア:肛門部と陰嚢に外用抗真菌薬
便が付着しやすい臀部に接着性耐久被膜剤を週2回塗布
ICUでの接着性耐久被膜剤の導入にあたって、まずICUで製品を試用した後、スタッフの意見をまとめWOCNにも相談しました。導入決定後は使用手順を作成し、スタッフに周知徹底を図りました。手技が簡便なため、ケアのばらつきは見られず、現在ではスタッフ自らが判断して主にIADの発生が予測される症例に、前もって接着性耐久被膜剤を使用しています。
接着性耐久被膜剤使用時の注意点は、塗布後、皮膚同士が離れている状態で30秒以上乾燥させる必要があることです。臀裂部に塗布した際に、乾く前に手を離してしまい、皮膚表面同士の付着の発生が報告されたことがありましたので、スタッフに周知を図っています。また、外痔核などで、接着性耐久被膜剤を塗るときに「しみて痛い」と訴える患者もいるので、その場合には使用を中止しています。
最近ではIAD対策以外にも、ドレーンから排液が漏れ出てドレーン周囲の皮膚が浸軟してしまう症例に対し、接着性耐久被膜剤の使用を検討しています。皮膚の損傷があっても、排液から皮膚を保護しながらドレーンを固定したい、ということが稀にあるためです。
ICU患者は全身の免疫能が低下し、元々感染症のリスクが高い状態にあります。また、症例1のように陰嚢や陰部周辺がむくむ症例が多く見られ、特に最近は真菌感染症の割合が多い印象があります。よくWOCNとの話題に上がりますが、陰嚢や陰部周辺の浮腫により皮膚同士の接触面積が増え、そこにおむつ着用による湿潤環境が加わると、皮膚のバリア機能が破綻し、真菌感染症を引き起こしやすくなるのではないかと考えています。真菌感染症が疑われると皮膚科での鏡検による診断が行われるのですが、その際接着性耐久被膜剤の使用でよいか、軟膏での処置か判断をしていただきます。接着性耐久被膜剤は塗布が簡便であること、陰部洗浄で剥がれないため頻繁に塗り直す必要がないことから、気に入っているスタッフも多いと思いますが、皮膚科で軟膏での処置が判断されれば、軟膏へ切り替えています。
当ICUでは極度の下痢や意識状態の遷延している患者に、直腸用チューブ便失禁管理システム(以下、直腸用カテーテル)を使用しています。これは、便失禁による皮膚トラブルや創感染などのリスク低減を目的としたもので、肛門からカテーテルを直腸内に挿入して留置し、便はカテーテル内を通って接続されたパウチに溜まる仕組みになっていて、閉鎖式に回収・管理できるので大変便利です。
ただし、直腸用カテーテルの使用には医師による直腸診と判断が必要で、保険適用期間にも制限があります。また、便がカテーテルに詰まらない程度の水様便に近い性状でなくてはなりません。ICUのベッドではエアマットレスを使用していて体が沈み込むことも多く、有効なドレナージを図るためにカテーテル走行ルートの調整としておむつの片側だけ閉じずにおくことがあるため、意識の鮮明な患者には羞恥心を抱かせることも懸念されます。
このため、意識障害や機械的循環補助を行っている患者にのみ直腸用カテーテルを使用し、それ以外の臥床状態や頻回な下痢が続いている患者には接着性耐久被膜剤を使用しています。
ICUでは、気管チューブや胸腔ドレーンのほか、IABPや経皮的心肺補助法(PCPS)、体外式模型人工肺(ECMO)など強力なテープ固定が求められるものもあり、それ故にテープによるスキン-テアへの対策が求められます。約2年前に院内の看護マニュアルを見直して、テープ固定の際には貼付部位を洗浄して水分を取り除き、3M™ キャビロン™ 非アルコール性皮膜を塗布後、テープを貼付するという手順に統一しました。テープを貼りなおす際は剥離剤を用いて愛護的に剥がした後、同様の手順にて行っています。
また、多くの医療機器を患者に装着するため、医療関連機器圧迫創傷(MDRPU)も課題です。NPPVを行っている患者での発生が多く、現在MDRPU予防のための統一したケアを検討しています。
クリティカルな状態にあるICU患者の多くは、生理的反応や治療過程において、皮膚トラブルを起こしやすい状態にあります。また、個々の病態においては通常の褥瘡予防が適応できない場合も多く、各病態をアセスメントしつつ患者一人ひとりに適した方法を模索する必要があります。もちろん病態の改善が第一にはなりますが、二次的合併症を予防することはICU退室後の病棟のケアの負担を軽減するだけでなく、患者のQOL維持にもつながります。自分で調べたり、WOCNに相談に乗ってもらったりしながらこれからも最新の情報を積極的に入手し、より効果の高い皮膚トラブル対策に取り組んでいきたいと思います。